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思春期を殺した少年の翼 ◆mist32RAEs 玄関を開けてすぐのところにソレはあった。 様々な種類の草木が周囲に生い茂る、外見だけがおんぼろな山中の洋館。 その出口から出てきたヒイロとファサリナを出迎えたのは少女の死体だった。 茂みの真ん中に投げ出された血まみれの死体だ。 上等な服にいくつもの銃創。そこから溢れ、すでに生乾きの赤黒い液体。 よく見れば身体のそこかしこに死斑が浮き出ており、耳や鼻から血液混じりの体液が垂れ流され始めている。 生前はさぞかし見目麗しい少女であっただろう。 だが今は誰もが目をそむけるほどに死の気配を振りまいているだけの物体に成り果てた。 これが死だ。 人がモノになる。 そこに幻想はない。 人が腐り果てる。 そこに美しさなどない。 ソレはもう人ではない。 「リ……リリー……ナ……」 それはヒイロの掠れた声だった。 ファサリナは少なくともここで出会ってから、この少年のこんな声を聞いたことはなかった。 鍛え上げられ、引き絞った若い身体が微かに震えている。 何があろうとも動揺とは無縁と思われた鉄面皮のこの少年が、だ。 それだけでファサリナはヒイロの心中を察した。 この死体の首元を見れば、自分たちと同じ境遇であることは容易く知れる。 そしてヒイロの知る人物であることも彼の反応を見れば一目瞭然だ。 ファサリナにその名前を教えなかったのは警戒していたが故だろう。 ゼクス、トレーズなどの名前とは違う、迂闊には教えられない大事な名前だったはずだ。 その名前の持ち主である少女。この目の前の死体が……リリーナ。 下手に声などかけられない。 ゆえにヒイロの呟きを最後として、この場に空虚な静寂が満ちていった。 今は彼は何を思うのだろう。 ファサリナがヒイロについて知ることはあまり多くない。それゆえにその心中を慮ることなどできなかった。 佇む少年は動かない。まるで一枚の写真のようにファサリナの見る風景は固まっていた。 「…………少しお伺いしてもよろしいでしょうか、ヒイロ」 無視しているのか聞こえていないのか、反応はなかった。 ただ立ち尽くして少女の死相を凝視している。 その視線を遮るようにしてファサリナはかつてリリーナと呼ばれた少女の遺骸へ、そろりと身を寄せた。 その手には洋館の内部から携えてきたカーテンの布地がある。 ヒイロが動かぬ間に館の中から調達してきたのだ。 それをイスラムの女性が纏うスカーフのようにしてリリーナの身体へ巻きつけていく。 「何のつもりだ……」 弱々しく呟くように。 その声には力がなかった。 「この方は貴方の大事なひとなのでしょう……?」 「何のつもりだと聞いている」 やや強い声。 だがいまだに虚ろな感情を隠せるほどのそれではない。 「弔う前にせめて死化粧を」 「……化粧?」 「ええ、この方の姿を見ることができるのはこれで最後。ならば出来る限り美しく、貴方の想い出の中へ刻んであげたいと思います……」 手櫛で髪を軽く整え、顔の汚れをカーテンの裾で丁寧に拭きとってやる。 ヒイロはその作業を邪魔しない。佇み、ファサリナがリリーナを清める作業を言葉ひとつ発さず見つめていた。 自分の背後に立つ少年は今、悲しみとともにこの少女の記憶を己の脳裏に焼き付けているのだろう。 それでいい。肉体は死んでもその生前の記憶は誰かの心の中に残る。 ならばその死者はその思い出の中で永久に生きることになると、同志たるカギ爪の男はそう言っていた。 ファサリナの記憶の中にはあの優しげな微笑が今でもはっきりと思い出せるほどに深く刻まれている。 そう、例え肉体は死んだとしても自分の中で同志は生き続けているのだ。 だからこその理想のために躊躇わずこの身を捧げることができる。平和と調和を目指すその想いが胸の中にある。 ヒイロにもそうあって欲しい。この少年は強い。安々と悲しみに折れるような人間ではないだろう。 だがこの島に連れ去れられてきた現状のファサリナにとっての唯一の希望たる彼には、自分と同じ気持ちを理解して欲しい。 無愛想だが妙に誰かの気持ちに敏感なところのある不器用な彼に、自分の気持ちを理解して欲しい。 汚れた女だ。自覚はしている。 よりによって、少女の死によって悲しみにくれるヒイロ・ユイにこの自分を理解して欲しいと、浅ましくもそう言っているに等しい。 だってこの哀しみは一人で背負うには重過ぎる。傷の舐めあいでもいいから誰かの理解が、温もりが欲しかった。 同志が生きているにせよ死んでいるにせよ、その理想のために自分がやるべき事は多く、道は険しい。 その道をたった独りで行けというのか。誰かを頼りにするのはそんなにもいけないことなのだろうか。 そんなはずはない。ヒイロでも、異常とも言えるほどの強靭な精神であろうとも、そんな気持ちを少しでも抱かないはずはない。 だって彼は、ああ見えてとても優しい子だとファサリナは思うからだ。 ヒトは結局自分のことしか理解できない。 ゆえに自分の弱さを真っ直ぐに見つめられればこそ、誰かの弱さを汲み取れる優しさが生まれるのだから。 それができるなら、きっと――、 ――ごめんなさい。 この少女がヒイロにとってどんな存在なのかは知らない。 だがこころの中で謝りの言葉を呟いて、ファサリナはリリーナの唇に彼女自身の血で紅をひいた。 半ば乾いたその血は赤というより暗褐色に近い。 生前は清楚で明るい雰囲気を纏っていたと思われる快活そうな少女の猊は、白蝋と見紛うばかりの青白い肌にダークな口紅という組み合わせによって、妖艶ともいえる気配に包まれていた。 血に汚れてボロボロのドレスはその全身を包んだカーテンの布地によって隠されており、その顔はファサリナの化粧によって見違えるようだ。 茂みの緑に覆われたローブ姿の美しい少女がそこにあった。 「なぜこんなことをする」 ヒイロの質問は先ほどと同じだった。 ファサリナは全ての作業を終えて振り向き、少年の真ん前まで歩み寄る。 相手は微動だにしない。だからこちらからさらに一歩近づく。 「……答えろ」 互いの瞳の中に向き合う相手の姿が映る、それほどの近さ。 ヒイロの瞳は揺れている。それがファサリナには見えた。 「ヒトは死んでしまってもその人を大切に思う人間の記憶の中で生き続けます。それこそが思い出というものではないでしょうか」 「……否定はしない」 「それに……女は想いを寄せる殿方には一番美しい姿を見せたいと思うものです。この方もきっとそう思うでしょう」 「何を勘違いしているか知らないが、俺とリリーナは――」 ファサリナがさらに一歩踏み出した。 顔と顔が触れ合う距離。 ふわりと柔らかな風が女の匂いを含んでヒイロの肌に触れた。 そしてその発生源たるファサリナの肌も触れ――――なかった。 「ええ、ですからこれは私の一方的な勘違いです……ごめんなさい、ヒイロ」 まさに触れるか触れないかの距離で、生めかしい薄桃色の唇が言葉を紡いだ。 その言葉をくだらないと切って捨てる、そういうことをヒイロはしない。 ただ無言で答えを隠す。否定ではなく、答えることを拒絶。 「――同志が生きている確率は……殆ど無いと言っていいでしょう」 「何?」 すっと距離をとってから視線を外して、ファサリナは言った。 冷静に考えればわかることだったのだ。 「同志を付け狙う者の名前を覚えておりますか」 「ヴァン……だったか」 「ええ、彼は思い返せば同志のことを『カギ爪』と呼んでいました。おそらく彼は同志のお名前など知らないのでしょう」 「そうか……俺とお前の情報のみによる推測だが、この島には何人かの括りごとに何らかの面識がある人間同士が集められている」 名簿にファサリナの知る名前は、自分自身の他にいくつかある。 ヒイロも数こそ違えど知る名前が複数あるという。 つまり知り合いが全くいない人間はここにはいないのではないだろうか。 この何でもありのサバイバルにおいて、面識のある知り合いという存在は、徒党を組んで身を守る上でとても有効だ。 それにヒイロにとってのリリーナのように、ファサリナにとってのカギ爪のように、守りたい存在があるならばこそ自ら捜索のために動くだろう。 その逆としてヴァンという男のような誰かの命を付け狙う人間という存在にとっても、理由こそ違えどその誰かを探しに自ら動く動機となる。 自分だけの命が大事なら、どこかに引きこもっていれば生存確率は格段にアップする。 だが皆がそうしていたら、ほとんどのプレイヤーは遭遇する確率が激減、殺し合いも発生する確率は同様に低くなる。 結果、帝愛の言う『ゲーム』はつまらないものになるだろう。少なくとも自分たちを監視して殺し合いを眺める存在にとっては。 ヒイロもファサリナも知人の捜索にあたって一人での単独捜査に限界を感じているからこそ、こうして行動をともにしているのだ。 それがないならわざわざ危険を承知で歩きまわったりはしない。見知らぬ誰かと組むこともなかったろう。 帝愛はそれを見越してこのような人選をしたのだとしたら。 「ヴァンという男が名簿を見たとき、カギ爪の本名が書かれていたとしてもそれが目的の人物とはわからない……」 「ええ、ですから彼にもわかるように『カギ爪の男』と書いたのでしょう」 理屈は合う。 ヒイロもそれを認めた。 だがそれを認めるということはファサリナ自身が最も認めたくない想像を認めることと同義だ。 「それを受け入れてこれからお前はどうする気だ」 「同志の理想を果たすために動きます。同志の想いは私の胸の中で生きている。私はそれを実現させなければなりません」 「生き残って同志とやらの代わりを果たすために動くか。それがこのゲームに乗るということなら……」 ――お前を殺す。 ヒイロは無言でそれを伝える。 その瞳の中に最早、揺れは無い。 「ヒイロ、貴方の中のリリーナさんは貴方に何を望むのですか?」 「質問の意味が理解できかねる。わかるように言え」 「貴方が最も守りたかったヒトはもうこの世にいないのですよ? そしてそれは私も同じ」 ファサリナはそっと悲しげに眼を伏せた。長いまつげが濡れた瞳に被さり、眼から透明な液体を溢れさせる。 ヒイロ・ユイはたしかに強い。だがその強さはその若さには余りにも似あわず、ゆえにファサリナの眼には歪に映った。 感情を肯定するも、自身の感情そのものは完全に制御しているように見える。 まるで恐怖を知らない、完璧に訓練された兵士のようだ。 そんな彼が揺れたのはこの少女の死を見つめた時だけだった。 土壇場でも揺らぐことなく、自分の生き死にの境目ですらクールに状況を見つめることができるにも関わらずだ。 リリーナという少女がヒイロの大切な人物だということは誰にでもわかる。 しかしそのような人間らしい感情を持ち合わせているのに、なぜこうも自分を生き死にの埒外へと捨てられるのか。 ファサリナには未だにヒイロ・ユイを完全に理解することはできない。 だが完全に理解せずともアキレス腱を握れればそれで十分。 「……だから何だ」 「私たちは……協力できるのではないでしょうか。もし主催の力が死者を生き返らせることが可能であるなら――」 「馬鹿げている。冷静になって考えろ」 「それをいうならば、私達がここへ連れ去られた事自体がすでに馬鹿げたことです」 それを完全に否定する意見をヒイロは持っていないはずだ。 ファサリナ自身、世界中で暗躍するカギ爪の組織では幹部といってよい。 そんな組織の最重要人物を拉致など、少なくともファサリナの知る世界の人間にできるわけがない。 「……だとしたら、どうする。優勝賞金の十億では、お前と俺の求める人物をそれぞれ五億×2で蘇生・帰還させればそれで終わりだ」 「私はそれで構いません。同志の胸の中で私はあの方の記憶となって、そして一つになるのですから」 「自己犠牲か……俺もそうだと何故お前は考えられる?」 きっとこの少年も同じはずだ。 少なくとも彼にとって最も大事な存在は己ではないのだ。 だから例え自身がどうなろうとも、リリーナという名の少女のことを最優先にするだろうという確信があった。 「貴方は平和を求める同志のお考えを私から聞いたときに、その思想を肯定して下さいました。 ですが貴方はその一方で、このゲームを主催する帝愛に戦いを挑むことを躊躇っているようには見えません」 「怖気付いたのかファサリナ。奴らは確かに強大だが、お前がその力に屈するというなら、敵として排除するまでだ」 「そうではありません、貴方自身のあり方のお話をしているのです」 「俺自身だと……!」 なぜファサリナがヒイロ・ユイの事をそう思ったのか。 それは一つの疑問がきっかけだった。 平和を肯定し、だが戦いに躊躇いを見せない――矛盾したように見えるこの二つの要素は少年の中でどうやって並びたっているのか。 争いを忌避するから平和を求めるのではないのか。 ならば何故迷いなく闘争の中へ飛び込む決断を下せるのか。 その答えはおそらくこれだ。 「貴方は平和を肯定する――ですが、その平和の中に貴方が入ることを考えていない」 ヒイロは答えない。 だがその平和を担う存在がヒイロ自身でないことはファサリナにも解る。 その研ぎ澄まされたナイフのような闘争技術と冷徹な意思は、戦争のためだけに存在するものだからだ。 「貴方の言うように行動して、結果として勝利するに至ったとしましょう。ですが、その確率はどれほどのものなのでしょうか? 怖いのではありません。私の存在の全ては同志のためにあります。同志が理想を追い求めるのならば、その理想のためにこの身を捧げます。 ですが私は貴方とは目的を違えるものと思っていました。貴方が何のために戦っているのかわかりませんでしたから。 ゆえに言い出せずにおりました。貴方は強い……そして……貴方のような殿方の敵になるのは辛いことです。 ですから――」 ちゃきり。 コルトガバメントの冷たい音。 「ヒイロ……」 少年の右手が構える暗い銃口がまっすぐにファサリナを狙っている。 「もういい、わかった。お前は俺とは道を違えた。ならばここで殺す」 「いいえ、違いません。貴方は私と同じです!」 「違う。俺は、己の妄執と作戦目的を混同などしない」 「ならばなおのこと貴方の冷静な判断で見極めて下さい! 貴方の言うようなことで同志が生き返る確率はどれほどのものですか!? 私達を拉致してきた彼らの言う事を鵜呑みにすることは確かに危険かも知れません。 ですが普通は、わざわざここまで大規模な仕掛けを施してまでこんな回りくどいことをするでしょうか!?」 そうだ。 相手は――帝愛は普通ではないのだ。 どうやって自分たちを連れさってきたのか分からない。 どうやっていつの間に爆弾首輪を取り付けたのか分からない。 どうやってこのデイパックに質量を無視した荷物を入れられるようにしたのか分からない。 「彼らに勝てますか? よしんば勝ったとしても私達の求める人間を生き返らせることができなければ、それは勝利でも何でもありません。 つまり彼らが生き返らせる技術を持っていることを信じなければ、貴方の作戦は成り立たない。 貴方は帝愛の常軌を逸した『魔法』を信じているのです! 人を、人間を生き返らせることが可能だと!」 「……!!」 ヒイロの表情が変わった。 眉間に険しい皺がよって、その秀麗な眉目を歪ませている。 ぎりっ、と歯が軋む音が聞こえてきそうなほど唇の端に力がこもっているのがわかる。 「もし貴方が……自らの命すら捨ててこの方を救いたいと願うのならば、私たちは協力できるはずです。 二人で生き残りましょう。私達全てを生きながら拉致した相手と戦うよりは、勝率は遥かに高いのではないですか?」 「…………最後に残ったお前が俺を裏切り、同志と二人で生還する可能性もありえる」 「その時はどうぞ……約束のとおりにしてください」 ――お前を殺す。 以前、ヒイロはファサリナにそう言った。 ファサリナの提案では、優勝者となるのはヒイロ・ユイ。 そして望みはリリーナとカギ爪の蘇生と帰還。 自身の生死は度外視。 だがファサリナとて何の計算もなしでこの少年を信じたわけではない。 このようなことを約束しようと、最後まで生き残ることができなければ一切の意味を成さないのだから。 今の段階ではどうとでも言えるただの口約束でしかない。 その時になってヒイロが信じるに値しない相手と分かったならば、その時はその時だ。 だが彼がファサリナが感じた通りの人間だったなら――ヒイロに殺してもらえるのは悪くないことかもしれないとファサリナは思っていた。 「先程、私に手榴弾を分けていただいたお返しです……もし協力していただけるなら、これを」 「ゼロシステムだと……!?」 前もって確認しておいたファサリナの支給品のひとつだ。 携帯できるようにメット型になっており、これをかぶる事で効果を発揮できるらしい。 だがいまいちデザインがごつくて気に入らず、そして説明書きに書いてあったリスクの大きさゆえに今まで使おうとは思わなかった。 だが強靭すぎるほど強靭な精神を持つこの少年ならば、もしかしたら有効に使えるのではないだろうか――そう考え、ヒイロに渡そうと思ったのだ。 「ククク……ハハハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」 メットを手にとって説明書きを読み終わったヒイロは突如として笑い出した。 彼のこんな行動など全く予測していなかったファサリナは思わず首をかしげながらも問う。 「ヒ、ヒイロ? いったい……」 「……いいだろう。ならばお前の選んだ未来が正しいかどうかゼロに聞いてやる……!」 戸惑うファサリナをよそに、皮肉気な形に口元を歪めながらヒイロはおもむろにそのメットを被ってスイッチを入れた。 ブゥン、という起動音と、続いて甲高い電子音。 その連続する音はモーターが回転数を上げるように、どんどん速くなっていった。 「ぐっ……」 「ヒイロ……!?」 ――――そして少年は血塗られた未来を垣間見る。 ◇ ◇ ◇ 殺した。 殺し続けた。 ナイフで、銃弾で、毒で、爆弾で、モビルスーツで。 貫いた、切り裂いた、燃やした、沈めた、押し潰した。 一度としてその意味を疑わず、その価値を慎重に推し量り、弱者の声なき声の代弁者として、己の感情など一切顧みることなく。 地球政府に立ち向かい、凶弾に倒れたコロニーの英雄――ヒイロ・ユイの名を与えられたのはそのためだ。 少年の肉体はコロニーのためにあった。 少年の感情は平和を求めるものたちのためにあった。 少年自身のために少年が動くことなど何一つとしてなかった。 だからこんなことはいつもどおり。 いや――もしかしたら名もなき少年は今、初めて己自身の中から沸き起こった感情に従ったのかもしれない。 平和を創り上げるのは彼女の役目だ。 自分は戦うことしかできないから。 だから平和をもたらすことができたなら、彼女に自分は必要ない。 殺した。 死んだ。 殺した。 死んだ。 殺した。 死んだ。 たくさん、たくさん、たくさん、たくさん――――だから、どうした。 「命なんて安いものだ…………特に俺のは」 ――――――――――リリーナ。 ◇ ◇ ◇ 「ぐううっ! はぁっ……はぁっ……」 「ヒイロ!」 息も荒く、ヒイロは膝をついてかぶっていたそれを脱ぎ捨てた。 どさりと草のうえにヘルメットが落ちる。 そこへファサリナが心配そうな表情で駆け寄った。 「大丈夫ですか!? 貴方ならと思ったのですが、やはり……」 「いや……問題ない」 ゼロが見せた未来はすでになく、ヒイロの目の前にはファサリナの心配そうな表情と、そしてリリーナの遺体。 状況を確認する。訓練によって身体に無意識レベルで染み込んだ行動。 身体能力問題なし。 精神面、ゼロシステムからの回復まで数秒。 肉体の動きを確認するようにゆっくりと立ち上がった。 「ファサリナ――」 「はい」 第二回の放送が近い。 太陽が真上でギラギラと輝きながら二人を見つめていた。 その光に照らされたファサリナは、どこか写真のようにぼんやりとヒイロの瞳に写っていた。 「答えは出た。俺は――――」 C-3/憩いの館/1日目/昼】 【ファサリナ@ガン×ソード】 [状態]:健康 [服装]:自前の服 [装備]:ゲイボルグ@Fate/stay night [道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1個(確認済み) M67破片手榴弾x*********@現実(ヒイロとはんぶんこした) 軽音部のラジカセ@けいおん(こっそりデイバックに入れた) [思考] 基本:ヒイロと協力、無理だと判断した場合単独で殺し合いに乗る 1:ヒイロと共に行動する 2:間欠泉を調べ終わったら、早く新しい同士を集めたい 3:なるべく単独行動は避けたい 4:ゼロなどの明確な危険人物を排除。戦力にならない人間の間引き。無理はしない。 [備考] ※21話「空に願いを、地に平和を」のヴァン戦後より参戦。 ※トレーズ、ゼクスを危険人物として、デュオ、五飛を協力が可能かもしれぬ人物として認識しています ※ヒイロを他の惑星から来た人物と考えており、主催者はそれが可能な程の技術を持つと警戒(恐怖)しています ※「ふわふわ時間」を歌っている人や演奏している人に興味を持っています ※ラジカセの中にはテープが入っています(A面は『ふわふわ時間』B面は不明) 【ヒイロ・ユイ@新機動戦記ガンダムW】 [状態]:左肩に銃創(治療済み) [服装]:普段着(Tシャツに半ズボン) [装備]:基本支給品一式、ゼロシステム@新機動戦記ガンダムW コルト ガバメント(自動銃/2/7発/予備7x5発)@現実、M67破片手榴弾x*********@現実(ファサリナとはんぶんこした) [道具]:B-2と記された小さな紙切れ@現実 『ガンダムVSガンダムVSヨロイVSナイトメアフレーム~戦場の絆~』解説冊子 [思考] 基本:??? 1:リリーナ…… [備考] ※参戦時期は未定。少なくとも37話「ゼロ対エピオン」の最後以降。 ※D-1エリアにおいて数度大きな爆発が起こりました。 ※ヴァンを同志の敵と認識しています ※ファサリナの言う異星云々の話に少し信憑性を感じ始めています。 ※ファサリナのことは主催に対抗する協力者として認識しています。それと同時に、殺し合いに乗りうる人物として警戒もしています。 【ゼロシステム@新機動戦記ガンダムW】 正式名称「Zoning and Emotional Range Omitted System」(直訳すると「領域化及び情動域欠落化装置」)。 分析・予測した状況の推移に応じた対処法の選択や結末を搭乗者の脳に直接伝達するシステムで、端的に言うと勝利する為に取るべき行動を予めパイロットに見せる機構である。 高性能フィードバック機器によって脳内の各生体作用をスキャン後、神経伝達物質の分泌量をコントロール。 急加速・急旋回時の衝撃や加重等の刺激情報の伝達を緩和、或いは欺瞞し、通常は活動できない環境下での戦闘行動を可能とする。 更に外部カメラ、センサーによって得た情報を、パイロット自身の視聴覚情報として伝達する事も可能である。 しかし本システムが提示する戦術とは、基本的に単機での勝利を目的としたもので、目的達成の為であればたとえ搭乗者の意思や倫理に反する行為も平然と選択する。 状況によっては搭乗者自身の死や機体の自爆、友軍の犠牲もいとわない攻撃など、非人間的な選択が強要される事もあり、これがパイロットの精神に多大な負担をかける。 そのため、ただゼロシステムを使うだけではシステムに命令されるがまま暴走するか、もしくは負荷に耐え切れず精神崩壊・廃人化を招く恐れがある。 本システムを体験したデュオ・マックスウェル曰く、「まともな人間に扱える代物ではない」とのこと。 ヒイロはエンドレスワルツの五飛戦において、このシステムの命令を完全に捩じ伏せながら戦っていた。 このロワ内では携帯できるようにメットの中にシステムが内蔵されている。外見デザインはTV版最終決戦でドロシーがかぶったものを参照。 時系列順で読む Back 神浄の恋せぬ幻想郷(後編) Next 「 」に挑む意思 投下順で読む Back 神浄の恋せぬ幻想郷(後編) Next 「 」に挑む意思 133 戦場の絆 ヒイロ・ユイ 171 燃えつきない流星 133 戦場の絆 ファサリナ 171 燃えつきない流星
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912 :名無しさんなんだじぇ:2010/10/04(月) 02 01 24 ID c/2zrwbc 和(ハァ…誕生日だというのに憂鬱です…。 予約で咲さんと二人っきりになれるかと思ったら、やっぱり主催話に組み込まれただけですし…。 咲さん…会いたいなぁ…) とーか「なにを落ち込んでますの!原村和!私のライバルなのだからしゃんとしなさいまし!」 和「…どなたでしたっけ?」 とーか「もうそのボケには乗りませんでしてよ!誕生日だからと言って、貴女のペースには乗ってあげませんわ!」 かじゅ「そこまでにしておけ、龍門渕」 部長「そうそう、和の為に動いてくれたんでしょ?」 とーか「そ、そんなこと!してませんわ…」 ぴくん 和「…こ、この匂いは!?」 咲「ははは…来ちゃったよ…和ちゃん」 和「咲さん!」ガバッ 暗転 【ピンク色のカーテンが閉まる】 部長「若いっていいわねぇ…」 かじゅ「同い年の人間がそう言うとなんとなく落ち込むな」 美穂子「そうですよ、私より一か月以上誕生日が遅いのに」 池田「キャプテンは可愛くて美人で若さがあふれてるし!」 914 :名無しさんなんだじぇ:2010/10/05(火) 00 13 13 ID pzJUyfCs ムギ「ああ……なんとか潜り込んで……」 部長「はいはい、邪魔しちゃ悪いから向こうへ行きましょうね」 アーニャ「残念」
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460 :名無しさんなんだじぇ:2011/10/11(火) 12 37 25 ID E5P1IsJ6 アーニャ「【登場率】でいくつか計算ミスしていた……orz デュオ「いや、そこまで落ち込むなって」 登場率 名前 22.8% 田井中律 22.1% 白井黒子 21.4% 御坂美琴 21.2% 竹井久 21.1% 龍門渕透華 20.2% 平沢唯 19.9% 池田華菜 18.6% 琴吹紬 16.9% 加治木ゆみ 16.6% 中野梓 15.9% 上条当麻 14.2% 戦場ヶ原ひたぎ 13.7% キャスター 13.6% C.C. 13.4% 八九寺真宵 13.2% アーチャー 13.2% 福路美穂子 12.9% セイバー 11.8% 衛宮士郎 11.7% 神原駿河 11.3% デュオ・マックスウェル 11.2% 刹那・F・セイエイ 11.1% 伊藤開司 10.2% 片倉小十郎 9.9% 月詠小萌 461 :名無しさんなんだじぇ:2011/10/11(火) 12 37 50 ID E5P1IsJ6 9.8% 船井譲次 9.5% アーニャ・アールストレイム 9.0% 海原光貴 8.3% 千石撫子 8.0% 真田幸村 7.7% プリシラ 7.5% 伊達政宗 6.9% 本田忠勝 6.9% 玄霧皐月 6.7% カギ爪の男 6.6% 明智光秀 6.3% ヒイロ・ユイ 6.3% ユーフェミア・リ・ブリタニア 6.2% マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア 6.2% 安藤守 6.0% レイ・ラングレン 6.0% 浅上藤乃 5.9% 兵藤和尊 5.9% 利根川幸雄 5.7% リリーナ 5.6% 黒桐幹也 5.5% ヴァン 5.4% 張五飛 5.3% ライダー 5.1% バーサーカー 4.1% トレーズ 4.1% ゼクス 4.0% ファサリナ 2.1% 遠藤勇次 1.5% 荒耶宗蓮 1.0% 馬イク 【以上】 デュオ「上位陣の変動や海原の急上昇が目に付くな」 アーニャ「……ちなみに修正後の登場率の相乗平均は8.6%」
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きっかけは、偶然に過ぎなかった。 第七回定時放送が開始される、その少し前のこと。 何の変哲もないどこにでもありそうな路地を、平沢憂は一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと歩いていた。 そんな憂の十メートルほど前にある角を曲がって現れた枢木スザクは、 どこかで着替えてきたらしく、それまでの服とは違う白いパイロットスーツに身を包んでいた。 スザクの後ろには、彼に付き従うかのように歩く黒猫と、その黒猫のそばでちょこまかと動く子猫の列。 「……ぁ」 突然現れたスザクに、憂の足が止まる。 憂の足を止めさせたのは、『怖れ』という名の感情だった。 その怖れが、スザクに起因するものではなく 彼に対し何もしていない、何もできてない、自分自身に原因があるのだということを、憂は自覚していた。 それでも――だからこそ。 憂は、スザクが怖かった。 スザクがちらりと憂のほうを見る。 だが、二人の目が合うことはなく、次の瞬間にはスザクは何事もなかったかのように歩き出していた。 猫たちがそれに続き、スザクの姿を見つめていた憂も少し遅れて歩き出す。 二人の目的地は同じ方角。 自然と、憂がスザクについて行くような形になってしまう。 分岐点にさしかかる度、憂の頭に『遠回りをしてでも彼と違う道を行こうか』という考えが過ぎる。 そしてその度に、憂はスザクと同じ道を行くことを選んだ。 猫二匹を連れたスザクと、その十メートルほど後ろを一人で歩く憂。 小さな公園の入り口に設置された時計は、放送が始まる二十分前を示していた。 (……あれ?) 信号機の無い横断歩道を渡り切ったところで、憂はふと、今の状況に疑問を持った。 前を歩くスザクとの距離が、先ほどからほとんど変わっていないのだ。 普通に歩けば、身長が高く男性であるスザクのほうが自分よりも速いだろうということくらい簡単に想像できる。 まして、今の憂は普段よりもゆっくり歩いている。 だが、二人の距離は変わらない。 憂がアスファルトがめくれ上がった箇所を避けた時に少し距離が開いたが、すぐに元に戻る。 距離が開かないよう、スザクがわざと調整して歩いているのでない限り、こうはならない。 ならばそれは、何のために―― 憂がそこまで考えた時だった。 それまで憂のことなど見向きもしなかった子猫が急に振り向いたのは。 「えっ……」 スザクに、というよりはスザクの後ろを歩いていた猫・アーサーにくっついていた子猫は、くるりと向きを変え、 駆け寄ってきたかと思うと、憂の足元にちょこんと座り、憂を見上げてくる。 警戒心はない、「遊んで」と言わんばかりの視線に、憂は躊躇いがちに子猫を抱き上げた。 両手で抱いて支えきれない程ではないけれど、今の憂にとっては楽に運べる軽さでもない。 小さな猫は、憂の腕の中で、確かな重さを伝えてくる。 その重さは苦しいくらい優しくて、痛いくらいに温かい。 腕の中の子猫の頭を撫でた後、子猫に向けていた視線を少し上げて そこで憂は初めて、振り返ったスザクが自分を見ていることに気がついた。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ COLORS / TURN 1 『Continued Story』 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「……っ」 完全に猫に意識を取られていた憂は、スザクに見られているという、たったそれだけのことで 固まって、立ち尽くしてしまっていた。 『負い目』。どうしようもないことを、どうすればいいのか分からない。 そんな感情が渦を巻いている。 スザクはそんな憂のほうへと歩を進め、それまで縮まることのなかった距離が三分の一程度になったところで立ち止まった。 「平沢さん」 短くはない沈黙の後、スザクが口を開く。 「気になってたんだけど」 「あ、あのっ、すみません。別に後をつけてたわけじゃないんです。私もあっちに用があって」 「もしかして、その子のこと知ってるのかな」 「……え?」 それは憂にとってはあまりにも唐突で、予想外の問いだった。 質問の内容、スザクの言う「その子」が憂の抱いている子猫のことだということを理解するのにさえ、数秒を要した。 「えっと……知ってる猫かも、しれません。 違うかもしれないけど……一回しか会ったことないから、自信はないです」 そう答えてもスザクからの反応はない。 こうして一度話してしまうと、僅かな沈黙さえもが怖くて、憂は耐えきれず言葉を繋ぐしかなかった。 以前、友達が友達から預かった猫でなんです。 その友達……えっと、猫を預かったほうの友達が、預かった子猫の具合が悪いって、電話してきて……。 それで様子を見に行ったんです。 で、えと……あ、猫は大丈夫でした。毛玉を吐いてただけだったんです。その友達は……猫を飼ったことなかったから知らなくて……」 「猫の名前は?」 「……は『あずにゃん2号』って。……あ、『あずにゃん』っていうのは猫を預かった友達のことで、 その子は預かってただけだから『あずにゃん2号』っておかしいんですけど……でも、私もそう呼んでました」 「そう」 それだけ言ってスザクは子猫へと視線を向ける。 つられて憂も子猫のほうを見る。 たった二文字の短い言葉で、スザクは会話を切り上げてしまった。……と、憂が思った瞬間 「……あずにゃん2号」 スザクが、子猫へと呼びかけた。 子猫はスザクの方をみたものの、答えるでもなくスザクの方へ行こうとするでもなく、憂の腕の中でじっとしている。 それ以上は何をすることもなく、スザクは歩き出したが スザクの顔に、ほんの一瞬、僅かに寂しそうな表情が浮かんだのを、憂は見逃してはなかった。 スザクの背中を見ながら、憂は迷う。 憂はスザクに対して、いろんな想いを抱えている。 言わなければならないことも、聞かなければならないことも、きっとたくさんあるはずで だが、それが何なのか、自分の中で未だ整理はついていない。 でも時間は容赦なく流れ、戦いの時は迫っている。 死ぬかもしれない。生きていてもまた会えるという保証はない。次の機会なんてものは、ないかもしれない。 だから憂は、意を決してスザクの後ろ姿へと声をかけた。 「あのっ……枢木さん!」 スザクが足を止め、憂の方を振り返る。 「……ありがとう……ございました」 「何が?」 「ルルーシュさんの……カセットテープの、こと……お礼、言ってなかったなって……」 「あれは元々、ルルーシュが君に宛てた、君の物だ。僕はお礼を言われるようなことなんて何もしていない」 「でも枢木さんが渡してくれたから、私は受け取ることができたんです。 だから、枢木さんにとってはそうじゃなくても、私にとってはお礼を言うようなことなんです。 ……どうもありがとうございました」 そう言って、憂は勢いよく頭を下げる。 そのままの姿勢で十秒ほど待ってみたものの、何も反応がないのでゆっくりと顔を上げてみれば スザクは憂にもわかるくらいに、「答えに困っています」という表情を浮かべていた。 「……平沢さんに渡したラジカセの中にもう一本、カセットテープが入ってたと思うんだけど、聞いた?」 そしてようやくスザクから出てきた言葉は、憂に対する返答ではなかった。 思いがけない言葉に、憂は息を呑む。 「……聞いてません、けど…… あ、もしかしてあれは、枢木さんの」 「違う。あのラジカセはファサリナという人の持ち物だった。 彼女が死んだ後、荷物の整理をした時に僕が持つことになったけど、その時点ですでに入っていた物だ」 「そう……そう、ですか…… ずっと、『あのラジカセ』に入って……」 「僕の知る限りはそうだ。僕にとっては必要のない物だから、いらないなら捨ててくれて構わない」 「捨て……ません」 「そう」 「え……あ……あの、ほら、別に、邪魔になるような物でもないですから。だから……あの……」 「どうするかは、平沢さんに任せるよ。あれはもう、君の物だから」 二人の会話は、それで途切れた。 スザクは再び歩き出し、その後にアーサーが続く。 少し悩んで、憂はスザクの後ろではなく、隣りに並んだ。 数分も歩けば、周囲は徐々に、住宅街から戦いの跡地へと様相を変えてゆく。 崩れた塀。割れた窓ガラス。壁の一部を失くした家。 足元も徐々に悪くなっていく。 アスファルトに亀裂が入り、瓦礫が散乱する道を行くのは、憂にとっては大変なことだった。 だが、憂はスザクに助けを求めることはせず、スザクも憂に手を差し延べることはしない。 ただ、憂とスザクの距離が変わることはなかった。 そうして、二人は並んで、三叉路へと辿り着く。 憂の足が、そこで止まる。 それに気づいたスザクも数歩先で足を止め、憂の方へと振りむいた。 分かれ道。右へ行けばランスロットが、左に行けば―― 「私は、左へ行きます。私には、リボンズって人が最後の戦いを始めてしまう前に、まだ、やらなきゃいけないことが、あるから…………枢木さん。 別れちゃう前にひとつだけ、聞いてもいいですか?」 風が吹いた。 砂埃が舞い上がる。 スザクからの答えは無く、それでも憂は、問いを投げた。 「ルルーシュさんは枢木さんにも、ギアスをかけたんですか?」 風が止む。 沈黙が落ちる。 静寂に重さなんてないはずなのに、憂ははっきり、重いと感じていた。 潰されそうになる。 それでも、訊いたのは自分だから、スザクが答えてくれるまで、 あるいはスザクに答える意思が無いのだとわかるまで、この重さに耐える覚悟はあった。 「うにゃっ」 音を発したのは、憂でもスザクでもなく、憂の腕の中の子猫。 自分の腕から抜け出そうともがく猫を見て、憂は初めて、自分が腕に力を入れてしまっていたことを知る。 憂はごめんねと子猫の頭を撫でて、地面に下ろした。 地面に降りた子猫が、スザクの傍らにいるアーサーの近くまで行ったのを見届けて立ち上がった憂の耳に 「―――――ろと」 危うく聞き逃してしまうくらいの声が、届いた。 「え……?」 思わず聞き返す。 半ば諦めかけていたスザクからの答えが、そこにある。 「ルルーシュは僕に、『生きろ』と命じた」 ――生きろ。 スザクにかけられたギアス。 そのギアスの意味が、重さが、ゆっくりと憂の心に滲む。 「命じたって…… それ、命令じゃなくて、お願いじゃないですか」 そうして憂が呟いたのは、彼女が抱いた素直すぎる感想だった。 「お願い?」 「はい。……ルルーシュさんのギアスは、願い、なんですね」 「違う」 憂の言葉をスザクは即座に否定する。 憂にとってそれは、スザクが初めて自分に対して向けた、明確な意思表示だった。 「ルルーシュのギアスは、相手の意思を捻じ曲げる卑劣な力だ。 今まで、ルルーシュはギアスの力で多くの人を傷つけ、命を奪った。罪のない人たちに犠牲を強いた。 君だって、彼のギアスの」 「知ってます。それは……知ってます……私には『裏切るな』ってギアスをかけてたって。 私は……あんなこと、したくなかったのに……させられて……」 「そこまでわかっていて、君はあの力を『願い』と呼ぶのか?」 スザクの問いへの答えに、憂の中に迷いは無かった。 「はい」 だから、はっきりと答えられる。 「ルルーシュさんは、優しいから」 自分は何も知らないのかもしれないと、憂は思う。 少なくともスザクよりはルルーシュのことを知らないだろうと、憂は思う。 でも、それでも、憂は信じていた。 「私にかけたギアスも、自分が生き残るためじゃなくて、誰かのためだったってわかったから」 ルルーシュを ルルーシュの優しさを 自分の中にあるルルーシュへの想いを、信じていた。 「彼は、優しくなんかない」 「優しかったですよ、ルルーシュさんは」 自分のことには、なにひとつ自信は持てない。 それでも憂は、自分の想いを、必死に紡ぐ。 「きっと、これは間違った方法で…… 枢木さんの言うとおり、ギアスは卑劣な力なのかもしれないけど…… でも、それでも……誰かのためだったなら、それは願いなんじゃないかなって。 『生きろ』なんてギアスかけちゃうくらい大切な人のためだったんだってわかったら 私はもう、恨んだりとか、怒ったりとか、できないです……」 憂は、泣きそうな顔で笑った。 涙は耐えた。 スザクの前で――ルルーシュが生きてほしいと願った人の前で、泣きたくはなかったから。 「……ここで死んだルルーシュに、本当に『生きろ』と願われたのは君だ。 ギアスなんかじゃなく、彼は最後の最後で、自らの命でそれを示した」 「命で示したって言うのなら、それは、枢木さんに対して、ですよ」 「いや、平沢さ――」 スザクが言いかけた言葉を、憂は首を横に振ることで遮る。 「やめましょう、譲り合うようなことじゃないですよ。 ……枢木さんは、ルルーシュさんは私を残したんだって言ってくれましたよね。 だから今度は私が言います。 ルルーシュさんは、枢木さんを残したんです。枢木さんに生きててほしいって、願ったんです。 私と枢木さんが生きてるのは、ルルーシュさんが、そう願ったからです」 憂は、スザクを真っ直ぐに見ていた。 「私は、そう思います」 ルルーシュを殺した事実が変わらない以上、スザクに憎まれて当然だと思う。 だけど、それも受け止められる気がした。 ルルーシュが生きてほしいと願い、 自分が迎えに行った時、ルルーシュのために迷わず来て戦ってくれた人の想いなら、 それがどんなものでも受け止めたいと思った。 憂はもう、スザクのことを怖いとは思わない。 「私がルルーシュさんの願いに気づけたのは、枢木さんが届けてくれたからですよ」 そう言って、憂は微笑んだ。 ◇ ◇ ◇ 『――――それじゃあ、時間になったから、第七回定時放送を始めるわ』 放送が始まった時、スザクは独りだった。 スザクは結局、憂に何も言わなかった。 憂は少し寂しそうに、スザクにお辞儀をして、一人、自分の選んだ道を去り―― そして、それを見送ったスザクだけが、その場に立ち尽くしていた。 「リボンズと戦う前に、やらなきゃならないこと、か……」 ぽつりと呟き、そしてスザクも歩き出す。 一分と経たず、周囲はもはやどこが道路なのかもわからないほどになったが、構わずに進み続けた。 放送は、聞く気にもならない連絡事項の後、これまでの死者の名を一人ずつ読み上げてゆく。 この島で出会って、だけどもうどこにもいなくなってしまった人たちの顔が、スザクの脳裏に浮かんでは消えてゆく。 彼らの言葉が向かう先は『誰』だったのか―― 彼らの想いを受け取るべきは『誰』だったのか―― 『――私はここで、誰かの『願い』を、ただ待っている』 スザクは、ランスロットと、いつの間にかその足元にいた二匹の猫の前を通り過ぎる。 『――――これで、第七回定時放送を終了するわ』 そして、放送の終わりを――つまりは戦いの始まりを、告げる言葉と共に。 大破したサザーランドの傍らで、足を止めた。 ◇ ◇ ◇ 「………………ルルーシュ」 声をかけても答えなんてあるわけがないことを、僕はちゃんと知っていた。 僕の目の前で彼は死んで、今ここにあるのはただの金属の塊。 仮に無理矢理ハッチを抉じ開けたところで、ルルーシュの死体だとわかる物が残っているのかさえ怪しい。 でも、他に何も無いんだからしょうがない。 「……随分と、慕われたものだよね。平沢さん、君のこと優しいって言ってたよ?」 それが、ただの彼女の勘違いなのか、 ここにいた君は本当に優しかったのか、 僕がルルーシュの優しさを知らなかっただけなのかはわからない。 二つ目はもはや確かめる術もない。 三つ目ならば、もしかしたらまだ、確かめられるかもしれないけど。 「ギアスのことも、『願い』だってさ……」 平沢さんがそう言った時、僕は自分の中にある感情を抑えつけるのに必死だった。 僕の知るルルーシュがギアスで何をしたのか、 僕が自分にかけられたギアスで何をしたのか、洗い浚いぶちまけてやりたかった。 それをしなかったのは、彼女に対する思いやりなんかじゃない。 僕の知るルルーシュとここにいたルルーシュは別の存在かもしれないからと思い直したわけでもない。 ルルーシュを信じる平沢さんを傷つける自分を、見たくなかっただけだ。 「ギアスは『呪い』だ。あんな力で一方的に押しつけられたものを『願い』なんて呼んでたまるか!!」 ああ、そうだ。 俺はギアスを許せない。 ギアスを使って人を駒のように扱ったルルーシュを絶対に赦さない。絶対に赦せない。 「……ルルーシュ、俺は君が憎い」 ――それなのに、どうしてだろう。 俺の中はぐちゃぐちゃだ。 でももう、どうしようもない。 これ以上、目を背けることはできない。 逃げられない。 当たり前だ。逃げ場なんて、最初からどこにもなかったんだ。 「僕が君を赦す日は、永遠に来ない」 泣いたのも。 笑ったのも。 迷ったのも。 選んだのも。 祈ったのも。 悔やんだのも。 逃げたのも。 進んだのも。 死にたかったのも。 夢を見たのも。 愛したのも。 憎んだのも。 全部、僕だった。 全部、『枢木スザク』の想いだった。 「でも……俺、は…………」 僕は『枢木スザク』が嫌いだった。 だけど僕は結局、どんなに足掻いても『枢木スザク』以外の何にもなれなかった。 『枢木スザク』なんて存在は、消えていいと、殺したいと、本気で思った。 だけど、僕が出会った人たちが 僕のことを心配したり、必要としてくれた人たちが見ていたのは、いつだって『枢木スザク』だった。 彼等の想いは、『枢木スザク』が受け取るためのものだった。 「僕は…………」 想ったのも、想われたのも、いつだって『枢木スザク』だったんだ。 だから言える。 僕は生きているから、僕は枢木スザクだから、――――だから、思える。 「……僕は、ルルーシュが死んで、悲しかったんだ」 殺したいほど憎い相手が、死んだら悲しい相手だなんて。 こんなに酷い矛盾はない。 だけど消せない。抱えて進むしか、僕にはできない。 デイパックから、カセットテープと自販機で買った騎士服を出して、サザーランドの傍の瓦礫の上へと置いた。 ルルーシュのメッセージと、ユフィの血の付いていない白い騎士服。 どちらも、僕の帰る場所には存在しない物だ。持って帰るわけにはいかない。 「行こうか」 近くにいたアーサーを抱き上げるつもりで伸ばした手を、僕は途中で止めた。 僕の考えていることがわかったのか、それともアーサー自身の判断なのか 僕の手に頬を摺り寄せるなんてらしくないことをして、僕を見上げた後、 くるりと背を向け瓦礫の上へと飛び乗って騎士服の隣で丸くなった。 その隣で、アーサーを真似るようにあずにゃん2号も丸くなる。 ここにいるアーサーが僕とは違う世界のアーサーなのだとすれば、一緒に帰ることはできない。 だからここでお別れということなんだろう。 「アーサー、……一緒にいてくれて、ありがとう」 僕もアーサーに背を向ける。 そしてもう一度だけ、サザーランドを仰ぎ見た。 「僕がこの島で捜していたのは君だった。この島で、僕が守ろうとしたのは君だった。 君の推測どおり、君と僕の知るルルーシュが別人だったとしても、この事実は変わらない」 君は、何を為す者だ?―― あの時、僕の問いに答えたのは、ここで死んだ彼だった。 生きろ――この島で、僕にそう命じたのは、ここで死んだ彼だった。 「だから、この島にいる間は、僕は君のナイトオブゼロだ」 見上げた空には、翼を広げたガンダムが見える。 そしてその向こうには巨大な塔――空中要塞・ダモクレス。 この島での最後の敵の姿を前に、僕は誓う。 「――――君の命を、枢木スザクは必ず果たす」 【 TURN 1 『Continued Story』-END- 】 時系列順で読む Back 第七回定時放送 ~Another Heaven~ Next COLORS / TURN 2 『ARIA』 投下順で読む Back 第七回定時放送 ~Another Heaven~ Next COLORS / TURN 2 『ARIA』 329 See visionS / Fragments 12 『黄昏』-Index-Librorum-Prohibitorum- 枢木スザク [[]] 平沢憂 336 COLORS / TURN 6 『U&I』
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386 :名無しさんなんだじぇ:2010/08/10(火) 02 14 42 ID pu7O425c マリアンヌ「って、あなたたちりっちゃんのお見舞いはどうしたのよ」 唯「い、いやぁ…いざ打ち明けようと思ったら気まずくって…」 かじゅ「うむ…あれだけ苦労させておいて、実はかまかけただけでしたというのは…」 マリアンヌ「だからっていつまでも黙ってるわけにはいかないでしょう。ほら、みんな来なさい」 νHTT一同「は~い…」 マリアンヌ「さてと。……?何だか騒がしいわね」 暴れちゃ駄目…! もう点滴も終わったからいいだろ!拘束具を解いてくれよ!――こうなりゃ… ズガガガガ! 真・豆鉄砲で拘束具を破壊した…!?修理が終わっていたの? ガチャッ 律「へへへ…これで私は自由だ――って」 マリアンヌ「何やってるの、りっちゃん」 律「マ、マリアンヌさん!それにみんなも!?」 唯「り、りっちゃん!その…」 律「え、えと、あの…」タジタジ 紬「りっちゃん聞いて!この前りっちゃんの練習不足を責めたけど…あれは嘘だったの!」 律「…はぁ?」 あずにゃん「確かにちょっとリズムがおかしかったりした場面もありましたけど、そこまで律先輩の演奏酷くなかったです」 プリシラ「でも、ほら…りっちゃん最近合同練習場に顔出してくれてなかったじゃん。だから、どうにかして来てもらおうと思って」 かじゅ「みんなではめるような真似をしてしまったのだ。すまなかった」 律「何…」 唯「ごめんね!りっちゃん、騒動続きで疲れてたんだよね。休む時間が欲しかったんでしょ?なのに私達、勝手なことを…」 律「…」ハァ 律「確かに私も練習不足だと思ってたよ。だから申し訳ないとも思ったし、反省して練習に打ち込んだんだ。ホントにみんなの足を引っ張ってたと思う。ごめん」 紬「りっちゃん…」 律「でも、でもな……」 律「ついて良い嘘と悪い嘘があらあああああああああぁぁ!!」ビエエエェ 唯「あっ!りっちゃん待っ――」 ガチャッ アーニャ「…逃がさない」ゴゴゴ 梓「アーニャ!?ってか、何そのライフルみたいなの!何するの!?」 バシュッ 律「うっ☆」ドサッ 唯「りっちゃああああああああああん!!」 紬「…麻酔銃ね。でもそれ人に向けて撃って良かったの?」 アーニャ「治療中に脱走するのが悪い」 プリシラ「キャスターさんにばれたら殺されるかもよ」 かじゅ(本当に踏んだり蹴ったりだな、律…)
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crosswise -white side- / ACT2 『もう何も怖くない、怖くはない』(1) ◆ANI3oprwOY 蒼天が、にわかに曇り始めていた。 ――エリアE-1、市街地。 空虚な町が戦火にくべられ、赤く赤く燃えている。 繰り返された激烈の衝撃がコンクリートの大地に大きな爪あとを残し、上がる炎の色が空を不気味に照らしている。 耳に聞こえるのは壊滅音、怒声、銃声、爆音。鼻につくのは異臭、硝煙、火薬、血流。 ここは戦地。鉄と血と彩られた場所。限りなく幻想と近しい現実とよべる。 望む望まないに関らず、踏み入れるものは脆弱な者から順に生命を消化されていく、まるで怪物の腹の中。 「……ひゃは、ったく手こずらせやがってよォ。おかげで無駄な時間くっちまったろォが」 そんな戦火の中心地。 燃える巨大長方形の箱の群、立ち並ぶ高層オフィスビルの一棟にて。 此度の戦地の主賓といえる存在、一方通行は哄笑を上げながら、異界を見下ろしていた。 眼下に崩壊した広大な繁華街をじぃと見渡し、やがて数少ない無傷の建造物の内一つに目をとめ。 新しい獲物を見つけたと哂っている。 「そこ、か。オーケーオーケー、ンじゃさっそく殺しに行ってやるから、動くなよォ?」 大型の建造物が密集する繁華街の中でも、ひときわ巨大な施設。 『ショッピングセンター』と地図上には示される、そこに並べて建てられた立体駐車場。 この殺し合いにおいて、戦う力を持たぬ者達が潜んでいる拠点。 殺意を振りまく災厄の原点が今、狙いを定めているのはそこだった。 一方通行は目標に座標を合わせて、両足に力を込めていく。 場所を割り出したのだから踏み込んで、腕を軽く振るえば簡単に、死体がいくつか積み上がると確信し。 「……って、なンだ、まだ闘れるつもりかよ。こりねェなァ」 しかしそこで、させぬと言うように、地鳴りが一つ。 繁華街の北部近く、がらがらと瓦礫を崩し、立ち上がったのは巨大な人型の影だった。 ショッピングセンターの正面にて、防衛拠点を守らんと立つ、機械の姿。 ガンダムエピオンと呼ばれる、力無き者を庇う、最後の盾にして砦である。 「なンてな。まァそうするとは思ってたっつゥか。 その為にここまで連れて来たわけだしよ。 わかるぜわかる、不可能でもやンなきゃしゃあねェよなァ? カワイソウデスネー」 一方通行は立ち塞がる壁のような機械人形を呆れ顔で眺めながら、両足から力を抜く。 代わりに肩を回し、首の骨をこきりと一度鳴らし、言った。 「けどよォ。じゃァどうすンだオマエら? 勝ち目がねェのは分ったろォが」 容赦なき絶対者が、劣勢者に届かぬ声で問いかける。 強者は弱者を屠るもの。戦場とは、常にそのように在る。 ぶつかる二つのどちらかが強く、どちらかが弱い以上、必然の成り行きであろう。 人道倫理に照らし合わせ、どちらが正義でどちかが悪かなど、関係ない。 殺す側が強く、また生き残り、生き残った者が正義となるのがこの場所の法則(ルール)だ。 そのルールに則れば、このとき正義は彼にあった。 「こンだけの時間、俺と戦れンのは素直に褒めてやるがよ。 まだ俺の時間は三分の一も減ってねェ。 俺に力を出させずグダグダ話を引っ張るだけじゃァ、ことは動かねェンだよ」 たとえ所業が悪であろうとも、彼はこの場で間違いなく強者であるが故に。 圧倒的な優勢に立つ故に、言葉は全て真実となる。 「まァ、無駄口はこの位にして始めるか。第二ラウンドだ。 もっともこれ以上、過度な期待はできそうにねェみてェだが……」 一方通行の消耗は僅か五分にも満たない能力消費。 比べて、繰り返された戦闘の果てにエネルギーの消費を重ね限界の近い、敵の盾。 勝敗はここに、明白だった。 「じゃァな、お疲れ三下諸君。 それなりに『よくがんばりました』をくれてやるからよ、力抜いて、眠れ――」 そして目前には、晒された立体駐車場。 敵の急所を容赦なく見据え。 もう既に先の見え透いた戦場にて、一方通行は無力な抵抗者達へと、少し早めの別れ言葉を告げていた。 ■ ■ ■ ■ crosswise -white side- / ACT2 『もう何も怖くない、怖くはない』 □ □ □ □ /もう何も怖くない、怖くはない(1) 「やって……くれたな……我々はまんまと……誘導……されていたと……いう……ことか……」 そこはまるで、蒸し焼きの獄界だった。 茹で上がるような室温と、尚も上昇し続ける体温。 四方を機械に囲まれた窮屈な個室の中で一人、トリガーを握る男は孤独な戦いを続けている。 「………………っ……ご……ぁ……っ」 男は悶え苦しむように、痛烈なうめき声を漏らしていた。 「………ぎ……っ……」 心の臓はドクドクと早鐘を打ち続け、吐く息はひたすらに熱く荒い。 幾筋もの汗が額から伝い、男の眼を通過していき、やがては顎の先から落ちていく。 ポタポタと、汗の礫が、落ちる。男の膝元や、トリガーを握る腕の上に。 ボタボタと、血の滴が、落ちていく。男の口元から、零れ落ちていく。 それら一切を拭う余裕など、男にはもう残されてはいない。 だが、それでも前を見続けた。 苦しくとも、辛くとも、痛くとも。 たとえ濁りきった視界だろうとも、いまはただ前を見なければならない。 見続けなくてはならない。 緊張、高揚、混じり在った複合感情の只中で―― 「が…ぐ…はッ……はははッ!」 その男、グラハムエーカーは、己の生を実感する。 血を吐きながら薄笑う。 「ここまで、か」 結局のところ、戦況が一方的なものとなるに、そう時間は掛からなかった。 この戦いが始まってより、敵手たる一方通行との激突は計六回。 まだたったの六度しか戦闘と呼べる交差は起きていないにも拘らず、既に戦況は絶望的な様相を見せていた。 現状はもう、戦いと呼べる状態かすら定かではない。 もう、敵からの王手がかけられている。 この瞬間に、ガンダムエピオンが背に守るもの、ショッピングセンターひいてはその中にいる者達の存在が、戦況の行く末を決定的なものにした。 数分前、戦闘の最中、離脱していたはずの阿良々木暦や他のメンバーをモニターに捉えたグラハムは、軽い眩暈すら覚えた。 守るべき者達のため、これまで離した距離、稼いだ時間、その全てを無に還された瞬間である。 両儀式を武器として運用するにおいてすら、エピオンの動きにはかなりの制限があった。 そこに加えて、背後にある建造物を守りながらの戦闘続行など、誰の目にも不可能だった。 この唐突に切り替わった位置関係、不運な偶然とは思えない。おそらく誘導されていたのだろう。 一方通行との戦いの渦中で、敵の僅かな隙を見つけ出し、空中戦に持ち込むという攻めに出た、あの瞬間に。 攻めた、勝機を掴んだ、そう思ったことがそもそもの間違い。あれらは全て一方通行の誘いだったのだ。 グラハムと式をここへ誘い出し、手っ取り早く、グラハムとその仲間全員を葬る為の罠だった。 そうして、賭けに破れた者は代償を支払わされる。 そこから先はもう、説明するまでもない。 何一つ見所の無い時間稼ぎだった。 ガンダムエピオンは外堀からじっくりと埋めるようにいたぶられ、その損傷を増やしていった。 数手先の”詰み”が決定された戦いとはかくも無様なものである。 それでもグラハムエーカーは背後の守護対象を守りきりながら、これまで二度の襲撃をやり過ごしていた。 自らの身体にかかる負担すら無視した機動で動き、そのスピードを制御し、 ショッピングセンターを守り抜きながらなお、エピオンの装甲も落されていない。 正しく、驚嘆するべき諦めの悪さである。 その代償が、 「ぎ……ぐ……ッ」 自身の身体の限界だった。 やはり、エピオンの装甲、背後に守る仲間の命、双方を同時に守り抜くなど不可能であった。 不可能を可能にする為、彼は自らの身体を生贄にしようとしている。 現在進行形でグラハムエーカーの五体は崩落の一途を辿っていた。 この戦いにおいて幾度も繰り返した無茶苦茶な航行の数々。 たとえ装甲の内側とはいえ、エピオンの機体スペックをフルに活かした高速機動をこう何度も繰り返しては、 パイロットスーツすら着用していない彼の肉体に看過できないダメージが蓄積し続けるのは自明であった。 そして、崩落が近いのは彼の身体だけではない。 たった数度の戦闘で不落の盾(装甲)に、崩壊の兆しが見えている。 サイドモニターにはエピオンの肩部に立つ、両儀式の姿。 彼女の蒼眼が装甲を透かして見るように、こちらへと真っ直ぐに向けられていた。 グラハムにも、彼女にも、実の所は分っている。エピオンの盾(装甲)はもう長くもつまい。 この戦法では既に敗北していると。 「すまなかったな……私の我が侭につき合わせてしまった」 聞こえてはいないだろうが、グラハムは申し訳無さそうに詫びる。 事実、両儀式にはグラハムのやり方を押し付ける形になっていた。 この戦い、この戦法に、両儀式は付き合う必要が無かった。 彼女にしてみればこの戦いはまずいかに勝負の土俵に立つか、接近を成し遂げるか、から始まるのだ。 大質量の圧殺攻撃がこない、かつ邪魔の入らない一騎打ちに望んでこそ、勝敗の是非が問われる。 それをこのような回りくどい戦い戦法で戦ったのは、ひとえに『何よりも優先して時間を稼ぎたい』と考えたグラハムの意向。 実際グラハムは、一方通行を殺しえる両儀式の刃を積極的に『殺すために刺す刃』とせず、主に『力を抑えるために向ける刃』として使っていた。 安全性と確実性を優先したとも、消極的ともいえるこの戦法は全て、仲間を、一人の少女を救いたいがために。 だが状況がこうなってしまっては裏目以外の何物でもない。 グラハムエーカーはここで脱落する。それはもう、半ば決定された事実であるのだから。 「だが、責任くらいは、残された勤めくらいは果たすつもりだよ」 グラハムエーカーはここで終わる。 死する。これはもう避けられない顛末である。 機体の状況、身体のコンディション、そして何よりも場の状況が、 これ以上の戦闘続行は死に至るだろうと告げている。 だがそれでも退く気は無い。 不退転の覚悟で望む。 たとえ、死ぬことになろうとも。 「私はまだ……負ける気など皆無だ……!」 空で戦い、死ぬなら本望。 軍人として、空に憧れた者として、死に場所として悪くない。 ただしそれは本懐を果たしてからのこと。 「守ると誓った者達を、決して傷つけさせはせん。たとえ敵が何者であろうとな!」 己の背後に守るべき者達がいる限り、その脅威を打ち倒さずして、どうして死ねようか。 その勤めを果たさずして、どうして諦められようか。 いいとも、来るがいい怪物。この命を喰らうがいい。 ただしその時こそ、勝利の時だ。 ああ悪くない、姫を守る騎士の役。悪と刺し違えてでも貫く、守護と正義。 乙女座に生まれた男子として、心踊らぬ筈が無い。 「行くぞガンダム、最後の戦いだ」 そしていつも敵はそこにある。 ずっと、強敵(とも)はここに在ったのだ。 グラハムエーカーは今、真実、ガンダムとの最後の対決に挑んでいる。 今までずっと、外側からぶつかり合い、そして超えようとあがいてきた存在。 心を捉えて止まなかった存在の、その内側にいま、グラハムはいるのだ。 ならばこれこそが真のせめぎ合い。 内側より超えて見せろと、その声が聞こえるようだ。 最後の戦いがガンダムであったなど、 やはりグラハムとガンダムは運命の赤い糸で結ばれていたに違いない。 守るべき、者。 戦うべき、存在。 二つの思いがグラハムを最後の空へと舞い上がらせる。 恐怖は無い。ただ胸の高鳴りだけがここに在る。 ならばその感情に、一体何と名前をつけようか。 と、今更問うまでもあるまい。 「ああ、この気持ち――まさしく愛だッ!!」 恐怖は無い。 何も怖く無い、怖くは無い。 グラハムエーカーは、グラハムエーカーとして、ただ愛だけを胸に、最後の空を飛んでいた。 □ □ □ □ /もう何も怖くない、怖くはない(2)/あるいは阿良々木暦の俯瞰風景『もう何も恐くない』 ショッピングセンター第一駐車場。 ショッピングセンターと直接連結された立体駐車場であるその五階に、僕等は逃げ込んでいた。 向かい側のビルに陣取ったナイトメア(枢木曰くガレスというらしい)による砲撃と、余波。 それによって追い立てられるように辿り着いた場所で、柵の向こう、広がるビル街を見ていた。 目の前の、殺し合いを見ていた。 「先ほども言ったように、僕達は現在、ランスロットと分断され、孤立状態にある」 枢木の淡々と語る声、だけどあまり耳には入らない。 見守る戦場は、圧倒的な、もう見ていられないほどに、こちらの劣勢だった。 グラハムさんの操るガンダムエピオンは既に数多くの損傷を負い。 なおも僕らのいる駐車場を死守するために傷を増やしている。 「機体は瓦礫に飲まれたか。あるいは破壊されたか。 分らないがどちらにせよ、大通りの道が瓦礫で塞がれている以上、徒歩では回収に向えない」 薄汚れた立体駐車場の床と天上に囲われて。 僕はここにいる。 天江もいる。 枢木もいる。 インデックスだって無事にここまで逃れていた。 だけど、ディートハルトはいない。 彼は砲撃の際、一瞬だけ僕等を守る動きを見せた後、ナイトメアごと瓦礫の雨に飲まれてしまったらしい。 周囲のビルやショッピングセンターの外壁が砕けた際の、コンクリートの落石。 その光景を見たのは僕じゃなく、枢木だ。 ディートハルト自身はランスロットが行動不能に陥る一瞬前に、機体を乗り捨てるように飛び降りて離脱していたらしいけれど、その後の足取りは分らない。 同じようにランスロットも、土の下に埋まっているのかどうかも、今どこに在るのかさえ、瞭然としないようだった。 この立体駐車場の五階、作の向こうは広大な町が広がっていて、だけどから見下ろせる範囲内には見当たらない。 「ここから死角になる、ショッピングセンターの側面。ランスロットはおそらくそこに在る。 状態は不明だが。 消去法からしてもそうだし、僕が最後に視認した位置でもある。まず間違いない」 枢木は接続した義手を試すように腕の間接を曲げながら、そんなふうに語っていた。 「僕の腕が治っても……このままじゃ無意味だ」 事実を、冷たく語っていた。 だけどこのとき僕は、それどころじゃなかったんだ。 「グラハム!」 天江の叫びが聞こえる。 この島にきてから、僕は無力に打ち震える以外のことが出来たろうか。 自問したところで答えは明らかに、否だった。 誰の目にも、僕には何も出来ていない。 それじゃあ何がしたかったのか、そんな事を今は思う。 「グラハムっ……!」 少女の手を、天江の手を掴みながら。 「よせ……もう無理だ……っ!」 そんな、諦めの言葉を告げながら、戦場に近づこうとする天江を押さえ込んでいた。 僕にはそんなことしか、出来ずにいた。 「あららぎ……」 天江はようやく僕の存在に気がついたように、身体から少しだけ力を抜く。 「このままじゃグラハムが……」 その質問に、僕はつい枢木を見る。 傍らに立っていた枢木は、目を閉じて、首を振る。 「現実的なことだけを言うと、あの戦場はもうすぐ敗北に終わる。 グラハムさんの立てた戦術では、もう一方通行を打倒できないことは明らかだ。 彼もそれをよく理解している。だからああして、僕等を守ることだけに時を費やしているんだろう。 もってあと二回。早くて一回の交戦で、エピオンは落される」 枢木の言葉は、絶望的な状況を箇条書きするようだった。 「じゃあ、どうすればいい?」 「だから、どうしようもない。彼らの戦場に僕らが介入することは……残念だけど出来ない。 僕の腕が治ったところで、ランスロットが瓦礫の向こうにある以上はね。 いま僕達が生きるためにやるべきことは、グラハムさんを助ける事じゃない。 どうやって、戦う術を手に入れるか、だ」 枢木の言葉は酷く残酷なようで、正しい。 僕らが第一に考えるべきはグラハムさんが落ちたあと、如何にして一方通行と戦い続けるかだ。 そのためにまず、瓦礫の向こう側にあるランスロットを回収しないといけない。 枢木がショッピングセンター前にあるその機体を再度駆り、一方通行と戦える構図を作る。 その上でじゃないと、ルルーシュとの連携は図れない。 「まずはここから出て、ランスロットにたどり着くために、砲撃を止めなければならない。 対面するビルの、あのナイトメアを抑える必要がある。 となるとここから迂回してビルに侵入。そして最上階にある敵機を叩く。 確実に敵パイロットからの反撃が予想されるが、それでもこちらから動かないことにはジリ貧だ。 警戒するべきはグラハムさん達の戦闘の余波だけど……」 「待ってくれ」 分ってる。 でも駄目だ。それじゃ遅い、遅すぎるんだよ。 「ここからランスロットを直接回収することは出来ないのか? 多少は危なくても、そのほうが迅速にルルーシュと連携でき」 「駄目だ。リスクが高すぎる。 道中でガレスの射線に入ることになる上に、 そもそも直接回収にむかったところで、どうやってあの瓦礫をどかすつもりだ?」 取り付く島も無い。 「ディートハルトが機体を手放した以上、ランスロットの自力復旧は見込めない。 僕の持つ機械による遠隔操作にすら反応を示さないとなると、どうしても他の機動兵器の手が欲しい。 戦闘中のグラハムさんにそれが出来ないなら、やはりあのガレスを押さえるしか方法は無いだろう」 どれだけ正しくても、その言葉は天江を見捨ていることを意味している。 「敵機があの場から動かない理由は、やはり僕等をここに釘付けにするため。 追撃が来ないのはパイロットとしての運用が不可能だからと推測できる。 となると敵はこちらを監視できて、なおかつ機体を守れる場所にいるだろう」 天江の命はきっと、それまでもたないはずだ。 「ガレス内部か、またはその近く、対面したビルのどこか。 この電波環境でなお遠隔操作が届く位置が考えられる」 「枢木……頼むから……」 「僕は君の自殺に付き合うつもりはないよ。 せめて勝つ道筋を見つけ出してから、口を開いてくれ」 どうあっても、枢木は頑として譲らない。 勝算の欠片も無い僕の言葉では届かない。 体から力が抜けて、するりと僕の手から天江の腕が抜けていく。 駄目なのか。 結局僕には何も出来ずに、天江をこのまま……死なせる事になるのか。 「僕はグラハムさんの戦いを見届けてから、あのビルに向かう」 ヘッドセットを耳に当てながら、枢木はそう言った。 おそらくあの受信機のむこうにいるグラハムさんと、何らかの連携を取っているんだろう。 グラハムさんの死を前提とするような。それをグラハムさんが覚悟していたとしても。 天江の死を前提とするような。それを……グラハムさんは知らないはずだ。 僕は、天江を託されている。僕だけが天江の危機を正確に知りえている。 だというのに、死なせてしまうのか。 僕は…… 「天江?」 その時ふと、気がつく。 先ほどまで心配そうに戦場を見ていて、今にも柵から飛び出しかねなかった天江が、一言も発していない。 床に座り込んだまま、じっと中空にあるエピオンを見て――いない。 天江は僕の言葉にすら気がつかないように、一心に手元を動かしていた。 「お前……なに……やってるんだ……?」 天江が見つめる先。 そこには麻雀牌と地図、方位磁石が並べられていた。 そして、そんな天江の傍らには、インデックスが座り込み、何事かをボソボソと告げていた。 「おい、何を考えて……」 僕はインデックスの肩に手をかけようとした。 こいつはいまだに主催の一味だった。 これ以上天江に何を吹き込もうとしているのか、 見当もつかないとはいえ、近づけたくはない。 けれど、天江はそんな僕を手で制するようにして、 「そいつを貸せ」 と、言った。 枢木にむかって。 顔も見ずに手を突き出し、トランシーバーを指しながら。 「…………」 枢木は少し迷ったみたいだけど、 「手短に、頼む」 そう言って、天江に機材を手渡した。 きっと、グラハムさんへと、最後の言葉を告げようとしていると、そう思ったのだろう。 僕も思った。だから止めようとした。まだその時じゃない。 僕は諦めたくなかった。 けれど天江は、すぐに受信機を耳に掛けようとせず。 「そう、か……」 顔を上げて、柵のむこうの戦場を見据えたまま、ポツリと呟いていた。 何事かに、気づいたような表情で、いちどだけ頷いて。 驚いたような表情が、氷解していく。 「やはり、そう……なのか、……は」 やがて全て悟ったように、それは笑みに変わっていき……。 「あららぎ」 そして、僕を見た。 僕をみて、にっこりと、口元を儚げに綻ばせた。 「ごめんな」 そう言った。 それだけで、僕は分ってしまった。 この子は……ああ……。 「衣は……きっと、もう助からない」 やめろ。 「あららぎは、助けようとしてくれてたんだな。 うん、嬉しかった。だけど、ごめんな。 衣は……」 やめろ、言うなよ。 「衣はもういい。もう、いいんだ」 首を振ったりするな。 そんな晴れやかな顔で、諦めたようなことをいうなよ。 泣きそうな表情で、嬉しそうに何を言ってんだよ。 「衣は分ったんだ。ここが衣の戦場なんだって。 いま、衣は戦うことが出来るんだって……」 「……どういう意味だ?」 その言葉に、枢木も、驚いた声を上げる。 「だからもう、十分だ」 「十分って……何が十分なんだよ。お前は……!」 お前は生きていてくれればいい。 それで僕やグラハムさんは救われる、なのにお前は……お前は何を言い出すんだ。 「衣はずっと守られてた。グラハムに何も返せなかった。 それでいいって、グラハムは言ってくれた。 だけどもう……衣は守られるだけなんて……いやだ」 天江は麻雀牌を並べていく。 ずらりと、インデックスの呟きを聞きながら、ものすごい速さで並べていく。 形作られる、それはさながら、このビル街のジオラマのように僕には見えた。 「気づいたんだ……『ここならば戦える』って。 だから……ごめん、な」 哀しそうに、天江は僕に、そう詫びる。 目に涙をいっぱいに溜めて、死の恐怖に震えながら、にも拘らず、嬉しそうに告げたのだ。 ごめんなさい、と。 それは明確な、拒絶のように聞こえた。 断絶のようにすら思えた。僕はそんな言葉が、聞きたかったわけじゃないのに。 「君はさっきから何を――」 「衣は、戦う」 枢木の言葉をすら遮って、彼女は強く言い切った。戦うと。 最後に一度だけ、涙を拭って、 拭った袖の下、その口元を歪ませて。 「戦えるんだ、だから今、衣は嬉しい」 残り僅かな命を、ここで燃やし尽くせれば本望だと。 面白いとすら彼女は言う。 その貌を見た瞬間、僕は、信じられないことに、この少女に寒気を感じていた。 いや、寒いだなんて表現じゃ生ぬるい、凍りついたと言っていい。 「戦える……やっと、やっと戦うことが出来るのだ……!」 下ろす袖の下、その瞳が、煉獄の炎の如くに燃えている。 なんだ? こいつは? 「目前の異能。その強靭。種に相違在り。ならば一切を児戯に堕とそう。 衣が相違を合わせよう。魑魅魍魎跋扈する地獄。是だ。 相手にとって不足は皆無。 この戦場、この『場』全てを衣の支配下に置く。 その役、種は違えど、戦いであることは同義だ。 ならばそこへ、衣は往こうか」 こいつは誰だ? 見たことの無い、『天江衣』がここにいる。 その圧倒的な気迫に、僕も、枢木さえも、何も言えなくなっている。 「嗚呼、衣はもう、何も恐くない」 もしかすると彼女は対局の際、こんな表情を浮かべているのかもしれない。 死への恐怖など欠片も感じさせない、壮絶な笑み。邪悪とすら表現できる悦楽の表情。 その貌を見れば断言できる、彼女は守られるために生まれてきたような、そんな脆弱な生き物では断じて無かった。 この『天江衣』は紛れも無く、強く、恐ろしい何かを宿した怪物だ。 人を喰らい得る、他者を徹底的に圧倒し蹂躙し完膚なきまでに叩き潰す。 そういう位階違いの強さ、戦慄すら、感じさせた。 「開幕だ」 一閃される、少女の細い腕(かいな)。 そこに燃える焔を、僕は確かに、幻視する。 「さあ謳え凡念。 譬え、一切合財、烏有に帰そうとも。この戦だけは譲らない――!」 そして僕は知る。 きっと言葉は届かない。 覚悟を決めた『天江衣』に、僕の説得は響かない。 誰が何を言おうと、彼女は決して退かないだろう。 「天江……お前は……」 この少女は――ここで死ぬ。 それを知る。 戦って、死ぬ。 真実、ここで果てるまで戦うことを、選んだのだから。 □ □ □ □ /もう何も怖くない、怖くはない(3) ビル街を爆速で躍動するガンダムエピオン。 その動きは既に、正道をかなぐり捨てていた。 笑いとも悲鳴ともつかぬ叫び声が人知れずコックピットに木霊する。 機体は人体の限界を超えた速度で急上昇。 手の平に乗せていた両儀式を、とあるビルの屋上に残した後。 目視した敵手の姿へと特攻を仕掛けていく。 「っ、おい……お前っ!」 地上から式が発する抗議の声になど頓着せず、エピオンただ目前の敵へと、敵へと駆けた。 そのような暇和は無い、これから防ぐべき蛮行は、彼女を乗せたままでは追いつけない。 中空にあるそこに、ショッピングセンターを狙い撃とうとしていた一方通行へと、急速に接近する。 投げ放たれていた建造物の一投げをシールドでもって防ぐだけに留まらない。 可能な限り、全ての攻撃動作を仕掛けていく。 ビームソードによる斬撃、通用しない、承知していた。 ヒートロッドによる一閃、通用しない、承知していた。 機体の左足部による蹴撃、通用しない、承知していた。 委細承知している。 それでも実行する。ひたすらに攻めた。 攻めて攻めて攻めて攻め続ける。 それこそが勝機、グラハムエーカーが信じている勝利への、唯一の道筋だった。 攻めるたびに、そのたびに攻撃はそらされ弾かれ跳ね返されて、エピオンの装甲に傷を増やし続ける。 装甲の終わりを早め続けた。 それでも、退くわけにはいかなかった。 攻撃の手を止めることは出来なかった。 中空にて死の舞いを踊るエピオン。 ビームソードの閃光が幾重にも散り、小規模の連鎖爆発が巻き起こる。 ヒートロッドが乱れ飛び、弾かれ、ビル街を火に染め上げる。 だが全ては片手一本で払われて、 弾かれたように退避したエピオンに、今度は一方通行が急降下で仕掛けていく。 咄嗟の迎撃、渾身の左の足部が跳び、一方通行に激突する。 当然、何の効果も上げていない。 どころかメキリ、と、足部が窪む。 蹴りの威力を全て反射され、自慢の装甲が歪む。 が、構わずに押し込んで、一方通行の座標を無理やり変えようと。 「オオオオオッ!!!」 ブーストを全開に吹かせ、そのまま邁進。 だかそれすら叶わない。 敵は微動だにしない。 メキメキと、よりいっそう装甲が窪んだだけだった。 「来いッ」 そこに駆けつける死の風。 一方通行が損傷を更に広げようとする刹那。 いつの間に拾い上げられていたのか、両儀式がエピオンの足部へと走りこむ。 刀の攻撃範囲から逃れた一方通行。だが更にエピオンが追撃する。 またしても、両儀式を近場の建造物の上に置いたままで。 「逃がさんッ!!」 「お前、滅茶苦茶だぞ……」 正に両儀式の言葉のまま、滅茶苦茶の特攻撃だ。 ただ傷だけを増やす追撃。意味のない。 死にに近づくだけの挙動。 その度に装甲は抉れ、無茶な挙動にパイロットは血を吐き、終わりが近づいていく。 それでも攻め続けなければならなかった。 攻撃の度に損傷する。 攻撃の度に血反吐を吐く。 それでも、こちらが攻撃するということは、敵は能力を使うという事だ。 こちらが攻撃し続けるということは、相手は能力を使い続けざるをえなくなる。 一方通行の能力に時間制限があるということは、スザクを通して知っている。 攻め続けた果てに、時間切れを狙う。 どうあっても両儀式との一対一に持ち込めない現状、その他に勝ち筋は見えない。 攻撃。 攻撃。 攻撃。 攻撃。 繰り返す。 繰り返して、払われて、落ちていく。 まだまだ足りない。膠着状態だった時間を除けば、まだたったの数度しか交戦していない。 実際の戦闘時間に換算すれば、未だ五分にも満たないのだ。 具体的にどれだけ力を使わせれば底をつくのかは知らないが、薬局の時を思い出せば、まだまだ足りない事は分る。 ならばコンスタントに攻め続けていきたい、しかしそれをするには機械対人ではあまりにサイズの差がありすぎた。 一度見失えば、次にどこから攻撃が来るのか予測できない。後手に回らされてしまう。 それでは駄目だ。それではもう、あと二度の交戦ともたずにグラハムは陥落してしまう。 それほどの余裕すら、残ってはいないのだ。 もう一つだけ、手が無いわけではない。 誘い込み。 薬局の時の様な、何かを餌にして両儀式の戦える場に一方通行を呼び込む。 しかしこれはグラハムの大切な者を危険に晒す行為に他ならず。 グラハムにはどうしても、選べない。 だからいま、攻める。 たとえ矛をかなぐり捨ててでも、 盾だけになろうとも、ひたすらに攻めた。 攻めて攻めて攻めて攻めて攻めて攻め続けて せめてこの身(装甲)が朽ち果てる前に、あの少女を守らせてくれ。 後に戦い続ける者達へと、残せる戦果を上げさせろ。 その一心で、痺れの治まらない腕で、操縦桿を握った。 「…………ご、が……」 だがそれすらも、叶わないというのか。 グラハムは遂にこの時、光を失っていた。 身体の酷使は臓腑だけでなく、脳にすら及ぶ。 くらりと揺れた視界、色の失せる世界。 その一瞬後に、揺れる機体。 深刻な反撃を受けた。 堕ちる。 死ぬ。 そんな断片的なことは分る。 だが具体的なことが見えない。 分らない。視界に映らず、脳が認識しないままで落ちていく。 攻めきれなくなったときに切るカード、両儀式の居る位置すらも、これでは分からない。 このままでは終わる。 そう、グラハムは理解した。 口惜しい。未練だ。 守るべき者を守れずに、戦いの結果を見届ける事無く死んでいく。 そしてあと一つ、何かが足りなかった。 今なら分る。 グラハムの操る装甲。 両儀式の刃。 これだけでは、まだ足りなかった。 もう一つ、何かが必要だった。 それは敵の頭脳に対抗するべきもの、そう戦術眼、オペレーション。 戦場を俯瞰し、操り、事を優位に運ぶ手綱。 兵たるグラハムは、それを持たない。 戦士たるグラハムと式を、背後から支えてくれる、バックアップ。 参謀の言葉が、『指示』が、欲しかった。 そう、例えば、 『左方に跳べ、其処に両儀が在る』 今聞こえた。 このような声が欲しかったのだ。 「――――!!!!」 意識が、一瞬にして覚醒する。 目をカッと見開き、それで視界はもどらなくとも、腕を、トリガーを、もう一度強く握り締めた。 今確かに聞こえた『声』には、それほどの威力が在ったのだ。 頭にかかっていた靄など彼方に吹き飛ばし、機体を、その『声』の言うままに駆動させる。 地面に叩きつけられる寸前に、ガンダムエピオンは息を吹き返し、ブースト。 左方向へと軌道を変えて、立ち並ぶビルを薙ぎ倒しながら跳躍する。 遅れて地に降りた一方通行がすぐさま追撃を仕掛けるも、その場所は、 ある建造物から、躊躇なく飛び降りた両儀式の、落下してくる場所だった。 「ちっ」 「ほんとオレにはつれないよな。相手してくれるの、一回だけなのかよ」 退く、一方通行。 直前で視界を取り戻したグラハムにより、エピオンの腕が中空の両儀式を受け止める。 式が一息をつく暇すらなく。 『虚偽だ。敵は不退。左方より来たるぞ』 盾を構える。 言われた通りに、敵は来た。 エピオンの視界の外、ビルを突き破って。 小破した腰部を狙ってきた一方通行を、エピオンの左腕のシールドが受け止める。 「――――?」 何故、防がれたのか分らない。 と言った様子の一方通行。 再び動き出す前に、両儀式を肩に乗せ、エピオンは後ろに飛ぶ。 『その動作は否だ。回帰後、本懐の守衛こそを担え』 ビームソードを抜刀。 右に残っていたビル郡を纏めて切り裂き、一方通行へと落としていく。 視界を塞いだ隙に旋回。一方通行の背後へと回り込む。 案の定、落下してくるビルを弾き飛ばして、一方通行はすぐさま跳躍していた。 背後にあったショッピングセンターへと攻撃を仕掛けんとし、だがそこには既にエピオンが回り込んでいる。 『喰らうべきは視界。奴が受け入れる五感を穿つ』 再びシールドで弾く、一撃。 すぐさま式が肩部から飛び降り、接近を仕掛ける。 そこへと意識が集中した一方通行に対して、振り上げるビームソード。 振り下ろす、斬撃。 『故に、地を裂け――グラハムッ!!』 路上を、倒壊した建造物が積み上がったその場所を、金緑色のブレードが両断した。 巻き上がる砂塵、瓦礫、粉塵。 一方通行とエピオンの間に、濃茶色の壁を形成する。 次いで、上に向けられたシールドの上に、式が着地。 迎え撃つ姿勢を整えた。 敵の視野を遮った上での迎撃体勢。 これでは一方通行とて迂闊に踏み込めない。 決して不可能に思われた、建て直しを、成した。 「なにを……?」 「――ん?」 グラハムはこの時、一つの錯覚を得ていた。 声が聞こえていない両儀式も、同じく。 その、圧倒的な気配。絶対的な存在感。 無視できない、感情の焔。 確かに、背後に、感じていた。 背後のショッピングセンターより雪崩れし不可視の激流が、たったいまこの戦場を飲み込んだのを。 「君は何をやっているんだ、天江衣ッ!!」 それは足りなかった1ピース。 盾、矛、そしてもう一つ。第三の要因。 限界を迎える身体を、背中を支えてくれるような声。 戦場を俯瞰し、動かす。指示。 敵の位置を、味方の位置を、戦局を、指揮を伝える、オペレーター(通信士)。 充足させるその声は紛れも無く、天江衣の声だった。 「君は……君は……!」 『今は何も言うな、グラハム。衣はグラハムの傍に居る。最後まで傍に居ると、そう決めたよ』 「しかし君はこんな所にいるべき人間では無いんだ!」 『嫌だ、衣も戦う。だって』 「――くっ」 『ここが衣の、戦場だからな――!』 やり切れぬ思いに反して、身体は動く。 的確すぎる、的確すぎて不自然に思えるほどの指示によって。 否、指示自体は大雑把で場当たりなものだ。 瑣事加減や具体的な動きはグラハムに委ねられている。 参謀の言葉としてはあまりに欠陥がある。 しかしその通りに動けば、不思議と事が上手く行くようだった。 自然に、自然すぎて不自然に思えるほどに、戦場が都合よく転がっていく。 『敵は右方』 ビル街の中空で、続行される攻防。 『両儀の位置は後方に在り』 限界などとうに超えているはずの戦場で、エピオンはいまだに顕在している。 残り数度が限界に思われる交戦だったにも拘らず、激突は気がつけば十を超えている。 綱渡りの様な戦況、確かにそうだった筈だ。 にも拘らず天江衣の声が響いてより、一度の窮地も無い。 『敵の本旨は依然此方だ。まだ退くな!』 戦場を俯瞰できる声があるから、だけでは説明が付かない。 何か別の物がある。 別の要因を、感じている。 運命の変っていくような、『支配』されいてるような。 全てがその声の通りに、上手く行くような、改竄。 さながら、ツキの女神に愛されたギャンブラーにも似た。 どれ程絶望的な賭けに見えても、滅茶苦茶な確率であろうと、そもそも勝つ気すらなくとも、かくあるべしと勝利する。 勝利してしまう事が条理であるかのように、事が上手く働いてしまうような実感。 「なンだ?」 それはグラハムの敵にとって、即ち一方通行にとって、真逆の事態を意味しているだろう。 全てが、悪く働くような。 悪性の支配を、運が全て敵に回るような錯覚を。 何をしようと上手く行かない、裏目に出る。 引き換え敵は、意味の分らない強運でもって窮地から逃れ出る。 まるで足元から不可視の海水が湧き上がってくるようだった。 このビル街全域を、瞬く間に大量の塩水が満たしていく。 錯覚ではなく、それに足を取られている。 戦場が海となり、ここに巨大な『流れ』が発生する。 グラハムエーカーと一方通行との間に在る違いは、その流れが己に利するか害するか。 そして海水の発生源とは今この時、一方通行が見つめる――ガンダムエピオンの更に向こう―― ショッピングセンター第一立体駐車場にて戦場を見下ろす、一人の少女に他ならない。 「これは――?」 強運を、操る。否、この表現は適当ではない。 これは最早、運ではない。 運否天賦に介入した、能力。 天江衣の強大なる――『場の支配』そのものだった。 □ □ □ □ 時系列順で読む Back crosswise -black side- / ACT1 『疼(うずき)』(二) Next crosswise -white side- / ACT2 『もう何も怖くない、怖くはない』(2) 投下順で読む Back crosswise -black side- / ACT1 『疼(うずき)』(二) Next crosswise -white side- / ACT2 『もう何も怖くない、怖くはない』(2)
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最強証明―― ◆rfP3FMl5Rc 最強たれと彼らは願われた。 最強であることを彼らの小さき主達は喜んだ。 彼らは覚えている。 己が主がかけてくれた言葉を、残していった想いを。 故にこそ、彼らが為すべき事は決まっていた。 Stage:F-1エリア中央部さる駐車場 「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」 襲い来るはサーヴァントバーサーカー。 使い魔の一種に身をやつしてはいるが、その正体はギリシャの大英雄ヘラクレス。 理性を奪われ狂戦士へと堕とされた彼にはかって知恵と勇気を振り絞り神が課した数多の試練を突破した英雄の面影は残っていない。 代わりに2メートル半の鉛色の巨体に詰められしは全てを壊し尽くせと蠢く狂気。 根底にあるのはマスターたるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの元へと戻り護らんとする強い意思。 「……………………………………ッ!!!!」 迎え撃つは戦国最強本多忠勝。 群雄割拠の戦国時代において最強と謳われた実力者。 3メートルにも届く鋼鉄の鎧武者が背負いしは葵の紋と主君の願い。 争いのない平和な世の為、盟友と共に民を護り、打倒織田信長、誅せよ非道なりし帝愛グループ! それこそが謀略に倒れ、真に東照大権現として天へと帰った亡き主への最大の手向け。 決して道を交えることの無い二つの最強が武器を交え、吼え叫ぶ。 歩くだけで地を揺るがし、走るものなら地盤を砕く巨人同士の戦いは壮絶なものだった。 一合――大地が割れ 二合――住居が薙ぎ払われ 三合――大気がひしゃげ果て 四号――夜天が悲鳴を上げる バーサーカーが握りしは只人なら数人がかりでも持ち上げることすら叶わない大戦斧。 軍配を模したそれはかの甲斐の虎が得物なり。 武田信玄の超人的な力量を受け止めえる大戦斧は大英雄をして不足は無い武具だった。 大きさならば一方の本多忠勝が手にせし物も負けてはいない。 いや、そもそもそれは人の為に鍛えられた鋼ではなかった。 対ナイトメア戦闘用大型ランス。 機動兵器としては小柄とはいえ全項4メートルを超える機体用の槍を、あろうことか本多忠勝は片脇に抱え込んでいた。 「……………………………………ッ!!!!」 横薙ぎ、一閃。 本多忠勝がバーサーカーを跳ね除け、大きく距離を取る。 この戦いにおいては牽制程度にしかならない威力だったが、常人からすれば衝撃波と巻き起こる砕けたアスファルトの散弾だけでミンチになりかねない。 周囲に誰もいなかったのはバーサーカーにとっては不運であり、本多忠勝には幸運であった。 けれど、その幸運にいつまでも甘えてはいられない。 戦い始めたのが開けた場所だから良かったものを、このまま近くに見えている構造物へと突っ込めばどれだけの犠牲が出るか。 家内で隠れ震えている力無き民もいることだろう。 彼らを巻き込むことだけはあってならない。 本多忠勝は早期に決着をつけるべく、葵の門の刻まれた背部機関よりフレアを吹かしランスを突き出し疾走するっ! 「……………………………………ッ!!!!」 10丈もの距離を刹那に詰める速度での突撃。 3メートルにも至る巨体を砲丸としての一撃は刺突などという言葉では生温い。 ――貫き穿つ そうとしか形容できない必殺の刃は 「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」 標的へ届くことなく中空で前進を遮られる! バーサーカーが大斧で受け止めた――からではない。 烈風もかくやという勢いで突進してくる強敵に対して、バーサーカーもまた暴風と化し同時に踏み込み斧を振り下ろしていたのだ。 結果、寸分違わぬ速さで繰り出された槍と斧は両者の狭間で激突し火花を散らすこととなる。 ぎゃりぎゃりと、ぎしぎしと。 共に頑強に作られているはずの武器が軋みを上げる。 相手を押し切ろうと込められる主と獲物の怪力を一身に受けることとなってしまえば当然。 いかな業物といえど1分とかからずに灰燼と帰すだろう。 問題ない。 一分とかからずに相手を粉砕すればいいまでのこと!! 「■■■■■■■■――!」 大英雄の豪腕が唸る。 鍔迫り合いに競り勝ったからではない。 突如として軍配斧を押し止めていた抵抗が消失したからだ。 ホバーじみた移動を活かして戦国最強はくるくると旋回しつつ瞬時にバーサーカーの背後へと周り込んだのだ。 その迅きこと、まさに雷が如し! 速さを味方につけたまま続けて繰り出された槍撃の鋭きこと雷鳴の如し! 大英雄が体勢を立て直し左回りで振り向かんとするも光の速さを前にしては遅い、遅すぎる! ならばこそ理性を極限まで削がれたことで研ぎ澄まされた本能はバーサーカーに軍配斧を斬るのではないもう一つの用途で使用させた。 即ち、仰ぐ。 速度が足りない分を大扇を振るうことで起きる烈風のリーチで埋めようとしたのである。 冗談みたいな作戦である。 しかし、忘れる事なかれ。 英雄には荒唐無稽な伝説がつき物だということを! 「……!?」 鋼の如し筋肉に覆われた人一人ほどの大きさを誇る豪腕と、同じく扇部分だけでも人一人覆い隠せるだけの面積を持つ軍配。 馬鹿げた二つの要素が合わさって小型の嵐が発生する。 規格外の勢いの向かい風を受け、本多忠勝の勢いは完全に削がれてしまう。 その隙を大英雄は見逃さない。 軍配を振り抜いて尚、バーサーカーの回転は止まらなかった。 生じた遠心力を右拳を打ち出す動作に直結させ、渾身の鉄拳を本多忠勝へと叩き込む! 「■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!!!!」 苦悶の叫びを代弁するかのように、忠勝の全身より蒸気が上がる。 分厚き鎧も半神の鉄槌の前では用を成さない。 みるみるひしゃげ、捻じ切れ、砕け散っていく。 爛々と輝いていた赤き瞳も体内の危険を知らせるかのように激しく点滅を繰り返す。 この殺人遊戯の場へと連れてこられるより前、長篠の地にて度重なる連戦の果てに一度は地に伏したあの時のように。 あの時のように…… ――忠勝、戦国最強の名に恥じぬ戦いをわしにもう一度見せてくれ。忠勝! 本多忠勝は深い傷を負い、一番大切な時に傍にいることが叶わず、主君を助けることができなかった。 再び動けるようになった時、小さい身体に本多忠勝など到底及びもしない大きな志を抱いていた主は手の届かぬところへと行っていた。 涙は、出なかった。 流す必要も無かった。 徳川家康は彼が夢見たように日本全土の平和の守り神となったのだ。 ならば天上から日ノ本を照らす主に恥じないよう、最後のその時まで地上より民を守り続けよう。 一度と言わず、二度でも、三度でも、四度でも。 “東照権現”徳川家康に相応しき“戦国最強”本多忠勝として。 「……………………………………ッ!!!!」 ギアを一気にトップへ移行。 三段階の加速を経て本多忠勝の巨体が一瞬にして月夜の空へと舞い上がる。 突き刺したままの右腕に引きずられる形で空へと放り出されたバーサーカーは唐突な足場の消失により力の伝達に失敗。 続く忠勝の変則軌道に耐えられず振り落とされる。 ヘラクレスは怪鳥を撃ち落したことはあっても、空を飛び戦ったことは無かった。 空中戦では圧倒的に本多忠勝に分がある。 地上での激闘が嘘のように何の抵抗に会うことも無く、本多忠勝は落下するバーサーカーの真上を取る。 高高度からの落下の衝撃に加え重力加速を味方につけた超重量級の忠勝による突撃。 空中で自由に動けぬ身では、回避することも防御しきることは不可能。 必殺必中を期した本多忠勝が一筋の稲妻となりてバーサーカーへと突き刺さる。 ――ドッゴオオオオォォォォォオオオオオオオオン! 響く激突音、掻き消される狂戦士の断末魔。 舞い上がった砂塵が晴れ轟音が収まった大地にて生きているのは腕を組み二の足で立つ本多忠勝のみであった。 あくまでもこの時点では 心せよ、戦国最強よ。 今、汝の眼前に聳えし者は、守るべきものの為ならば一度と言わず、十二度も立ち上がらんとする者也!! ―――バーサーカーは、強いね その言葉を、覚えている。 狂気に侵されたバーサーカーには壊す、殺す以外に大切な小さき少女を護るすべは無い。 構わないと、意思無き英雄はそれでも魂で思った。 かって愛する家族を自らの手で殺してしまったこの狂気で、今度はあの一人ぼっちの娘を護れるというのなら。 彼女が望んだ最強のサーヴァントとして喜んで狂おう。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」 物言わぬ骸となった強敵より武器を引き抜き立ち去ろうとしていた忠勝の前でバーサーカーは再び力を取り戻していた。 あれだけ派手に腹部に空いていた大穴は既に無い。 本多忠勝の目の前で時が蒔き戻るかのように塞がったのだ。 だが真に驚愕すべき事態はその後に訪れた。 「……!?!?」 ありえざるべき事態に動じることなく、再殺せんと放った突きが、なんと武器を持たぬ右手一本で受け止められていたからだ。 兜に隠れた無機質な眼が見開いていた。 これまで一撃入るごとに僅かなりとあった確かな手応え。 それが全く感じられなかった。 現にバーサーカーの開かれた掌は傷一つ負っていない。 どころか狂戦士はランスの穂先をきつく掴み忠勝のバランスを崩した上で空いた左の斧で切り伏せんとしてきたのである。 槍の展開ギミックを再度使用し狂戦士の手を払い全速で空中に回避したが、避け切ることはできなかった。 本多忠勝の鎧の胸部装甲に右斜め一文字の傷が刻まていた。 一連の復活劇を可能にした不可思議な現象こそバーサーカーらサーヴァントの半身とさえ言われる宝具の効力。 生前彼らが持っていた武器や固有の能力・魔術・特徴や、あるいは彼らを英霊たらしめる伝説や象徴が具現化したモノ。 バーサーカーのそれは彼が為した前人未到の功績に由来する。 “十二の試練(ゴッド・ハンド)”。 十二の試練を乗り越えたことによって与えられた神の祝福。その冒険の数だけ死を無効化、蘇生する! 加えて一度殺された攻撃や並大抵の英雄の奥義を無効化するバリアとしての効果も兼ね備えたまさに鉄壁の鎧である。 もっとも赤き弓兵に五度殺された後にこの地に呼ばれた上に、死因たる攻撃以外は無力化できない制限が課せられているのであるが。 そして当然そんな制限が必要な怪物と互角に戦えるトンデモにも課せられていないわけもなく。 「……………?」 ゴッド・ハンドを噂に聞く南蛮の妖術かと警戒し、遥か上空に止まったままだった本多忠勝がふと首を傾げる。 とっとと降りて来いとばかりに吼え続けるバーサーカーの声を煩わしく感じたからではない。 気のせいか高度が徐々に下がっているように思えたからだ。 否。 気のせいではない。 明らかに本多忠勝は落ちている! しかもバーサーカーがいるのとは海を挟んで逆方向の地へと向かって。 実は安土城に向かう途中で連れてこられた本多忠勝は、修理に辺り盾や砲台などの追加装備の没収だけでなく飛行機能は不備を残されていた。 高高度からのヒットアンドアウェイによるワンサイドゲームになればつまらないと判断された為だ。 よって地上での多段加速や普段の低空疾走くらいは満足にこなせる絶妙な按配で仕上げられている。 「……………」 「■■■■――」 二人の距離が徐々に遠ざかっていく。 邪魔だと海を睨み付けるのを止めたバーサーカーは本多忠勝を見上げ、不時着に備えつつ本多忠勝はバーサーカーを見下ろしていた。 天と地に分かれた二人の交わす視線の意味は再戦の約束か、未だかって見えたことの無かった好敵手への賞賛か、はたまた邪魔するものへの敵意か。 口で語らず、行動で表す二人の真意は他の誰にも分からない。 主の生死も、殺し合いに乗ったか抗ったかも、生まれた国も世界も何もかも違うというのにどこか似ている二人の最強が再度あいまみえるのか。 それもまだ知る者は居ない。 バーサーカーVS本多忠勝 結果:ドロー。 最強証明――ならず 【F-1/エリア南部/1日目/深夜】 【バーサーカー@Fate/stay night】 [状態]:健康、狂化 [服装]:上半身裸(デフォルト) [装備]:武田信玄の軍配斧(石動配)@戦国BASARA [道具]:デイパック、基本支給品 [思考] 基本:イリヤ(少なくとも参加者にはいない)を守る。 1:立ち塞がる全ての障害を打ち倒し、イリヤの元へと戻る。 2:本多忠勝とはいずれ決着をつけたい? [備考] ※“十二の試練(ゴッド・ハンド)”Verアニ3 ・合計12回まで死亡してもその場で蘇生。状態を健康にまで回復。耐久力を大きく上回るダメージを受けた場合は複数の命のストックを消費。 現在残り蘇生回数6回。 ・無効化できるのは一度バーサーカーを殺した攻撃の2回目以降のみ。 現在無効リスト:対ナイトメア戦闘用大型ランス、干将・莫耶オーバーエッジ、偽・螺旋剣(カラドボルグ)、Unlimited Brade Works ・首輪の爆発での死亡時には蘇生できない。 ※参戦時期は 14話 理想の果て直後です 【武田信玄の軍配斧(石動配)@戦国BASARA】 人一人分のサイズはあろうかというほど大きな軍配型の斧。 軍配の淵に刃が付いている。超人的な武田信玄の扱いにも耐えられることからかなり頑丈。 【F-1/エリア南部海上/1日目/深夜】 【本多忠勝@戦国BASARA】 [状態]:疲労(中)、胸部装甲破損(12話時イメージな穴が空いています)、墜落中 [服装]:全身武者鎧 [装備]:対ナイトメア戦闘用大型ランス(コーネリア専用グロースター用)@コードギアス 反逆のルルーシュR2 [道具]:デイパック、基本支給品 [思考] 基本:徳川家康(参加者にはいない)の遺志を継ぎ戦国最強の名に恥じぬ戦いをする。 1:織田信長、明智光秀、主催者グループを打倒する。 2:まずは手ごろなところに着地する。 3:バーサーカーとはいずれ決着をつけたい? [備考] ※参戦時期は第12話で安土城へと向かっている途中。 尚、後述の飛行機能以外は主催者の力で修復された模様。 ※バックパック内の装備は没収されているため、原作ゲームにおける攻撃形態、防御形態、援護形態使用不可。 他、ゲーム版での固有技、バサラ技が使えるかはお任せ。 ※主催者側から飛行機能に制限が課せられています。短時間低空飛行には問題ありません。 【対ナイトメア戦闘用大型ランス(コーネリア専用グロースター用)@コードギアス 反逆のルルーシュR2】 所謂巨大ロボ用の突撃槍。周りの刃が展開するギミックがあるものの、特にビームを放ったりもしない普通の西洋槍。 ※F-1エリア南方での戦いは相当派手に立ち回りました。ただ、構造物への被害は大きいですが、 基本が斬りあいだったため最後の高度からの落下突撃以外は音的には派手ではなかったかもしれません。 時系列順で読む Back モンキー&ドラゴン Next Vince McMahon 投下順で読む Back モンキー&ドラゴン Next Vince McMahon 本多忠勝 038 機動戦士ホンダム00~ツインドライヴ~ バーサーカー 067 狂戦士の夜
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crosswise -black side- / ACT4 『逆光(ぎゃっこう)』(二) ◆ANI3oprwOY ――――――――――――魔の王道とは即ち覇道である。 世を造るは武。 其れが戦国において、常なる法則。 武道とは覇道。 旧世の破壊が創生の開幕。 其れこそが王の信ずる、唯一の鉄則。 武道とは、 覇道とは、 即ち喰らい合い。 異なる心と心の鬩ぎあい。 異なる道と道との潰しあい。 異なる武と武のぶつかり合い、なれば、殺し殺されに理(ことわり)は要らず。 死とは何か。 結果に過ぎず。 生とは何か。 始まりに過ぎず。 では、戦とは何か。 何ゆえ、人は戦うのか。 正義か。愛か。義憤か。名誉か。責務か。権威か。金銭か。復讐か。喜悦か。快楽か。 ―――理由など、ありはしない。 戦いの果てには、何があるのか。 泰平か。繁栄か。乱世か。衰退か。歓喜か。悲哀か。後悔か。絶望か。勝利か。敗北か。生か。死か。 ―――残るものなど、ありはしない。 戦いとは即ち破壊。破壊の先は新たな破壊が待ち、行き着く先は全て破壊のみ。 根の国に往くまでもなくこの現世は地獄。 人は生きながらにしてみな修羅の群。 誰もがその真理から目を背けている。 当たり前の事実を認めようとしない。 これではならない。これでは駄目だ。 骸の山を登り、髑髏の城を携え、大地に根差した苦悶を食み、空に混ざる嘆きに聞き入る。 互いが互いを喰い合う魍魎がはびこる毒壺の底。これこそ地獄に相応しい。 破壊と破壊と破壊の果てにこそ、我らが住まうべき世界がある。 それを知らぬ、分らぬ世は地獄よりも腐り果てた掃溜めに等しい。 故に、この現世は腐っている。 胸中を占めていたのは、腸をも煮え立つ憤怒。 幾ら吐けども底が尽きぬ怨嗟。 不服、不満、憐憫、憎悪、激怒。 そして今、かつてない敵とまみえた、圧倒的、歓喜。 笑え。此の有様を。此の無様を。 何処と知れぬ島に放られ、首輪に繋がれ飼われた痴態を。 機巧(からくり)の白武者に為す術なく嬲られ、蹂躙される矮小さを。 これ程の恥辱を受け、玩弄されたのならば。 どうして、憤怒せずにいられよう? どうして、憎悪せずにいられよう? どうして、歓喜せずにいられようか? 今、我が眼前に立つは、容易に砕けぬ強者。 全力をもって破壊するべき王道。 超えるべき敵が此処にある。 戦うべき道が、異なる覇道が、理無く殺しあうべき、戦うべき『敵』が、いま魔王の眼前に立っている。 今迄求めたもの、足りなかったもの、ここに集う。 ならばこれ以上に喜ぶべき事など無い。 斃せ。 それ以外に想う事など無い。 足りなかった。満ちなかった。脆すぎていた。 そう思いて、この常世を歩んでいた。 されど容易に及ばぬ大敵が在るというのなら。 猛るのみ。在るが儘に、本能のまま駆動するのみ。 己はここにいるぞと、魂を震わせて叫びながら。 嗚呼、そうとも、時は来た。 これより参ろう。 この魔王。 生涯初めての『全力』をもって、戦地へと。 いざ―――――― “ 百鬼眷属、我が背名にあり。我が開くは地獄の蓋 ” 今こそが、壺の中身を開ける刻。 ■ ■ ■ 魔気が、爆ぜる。 「ふはは……! 不は、ハハハハハ、覇覇覇覇覇ッ!!!!!」 哄笑と漆黒が天を突く。 魔王の怒号、怨嗟、そして最高の歓喜が炸裂する。 今こそ振るわれる真の全力。 もてる武装を使い尽くし、瘴気、闘気、覇気、全てが振るわれる時だった。 地を踏みしめる魔王はその腕を空へと掲げる。 輝きを失った聖剣より、上る一柱の塔。 魔力を充填する刀身に圧縮された黒き覇気、正しく魔に相応する力の元が一気に解放された。 空に亀裂が走る。 光さえ吸い込む無垢なる闇が、世界を内側から飲み込もうと渦を巻く。 天上にも届く斬撃は、攻撃の枠を越え既に遮断の域へと突入していた。 通過するあらゆる物質を上書きし、黒く塗り潰していく。 そんな絶望の光景を誰もが唖然と見送るしか出来ぬまま、そして、来るべき時は訪れた。 「覇亜亜亜亜亜亜亜亜――――――――――――!!!!」 下ろされる、断。 一刀にして、滅。 「―――…………しまッッ!!!!」 もはや、逡巡の間もなかった。 空中を自在に飛べるランスロットはすんでのところで洗礼を逃れる。 だが半壊し動力炉も壊れたホバーベースがその一振りから逃れられる筈もなく――― 「ル………………!」 振りかえった先には、後の祭り。 すぱん、と。肉を包丁で調理するように鮮やかに。 黒刀は船艇の腹に通され、真中から両断した。 ヤキが回るを通り越し、臨界点を超えた動力部。 ただの一撃をもって幕となる城崩し。 今度こそ再起不能の一撃を受けたホバーベースは爆炎に飲み込まれる。 赤黒い煙を吐き、塵の瓦礫へと変わっていった。 「あ―――――――――――――――」 海原に落ちる一滴の水。 大切な人の最期を目にした憂の口からは、そんな小さな音しか出せなかった。 燃え落ちる艇。消えていく命。いなくなってしまう彼。唐突な別れ。 ずっと恐れていた光景、目を逸らしていた結末が、現実として目に焼き付く。 瞳に映り込む、まっかに燃える城の赤。 刳り貫かれる胸の奥。抜け落ちていく芯の核。 けれど、それは矛盾。そんなことは起き得ない。空に孔が空くことはない。からっぽの器。 刃を投げつける怪物。自分を抱きよせるだれか。背中から血を噴き出すだれか。 だれかだれかだれか、それはだれか。 それは確か、わたしの、そうだ、あの時既に、自分は抱くべきおもいを――――――――― 「う、うああっ、あああああああああああああ!!」 起きた事態が同じなら、反応も同様だった。 フラッシュバックした記憶で恐慌状態に陥った憂は慟哭のまま操縦桿を傾ける。 憂の意思が乗り移った紅蓮の挙動は激しく乱れ、錯乱した新兵にも劣る稚拙な腕しか出すことができない。 目からは涙を零しながら、愚直な特攻を仕掛けていた。 妖しく灯す凶眼でそれを一瞥した信長は、さも愉快そうに笑う。 哀れに泣き咽ぶ少女など既に眼中の遥か外。 心はただ己より込み上げる喜悦のみで満たされていた。 「覇――――――アアアアアア亜亜亜亜亜イイイイイイ威威威威威威威!!!」 地を蹴る足。 狂乱が吹き荒ぶ。風は拳を生み、空間を捻じりながら殴りかかる。 無造作な紅の爪を余裕で弾き、空いた紅蓮の懐で殺意が爆裂した。 闘気を孕み、実物よりも雄々しく禍々しい拳は、コックピット部の装甲を大きくへこませ、たわませる。 「ぁぁぁぁぁっっっ!!!????」 憂は何が起こったのかすら理解できぬままに、齎された衝撃によって全身を砕かれるような衝撃に襲われた。 前後不覚に陥る。よろめく巨体に、追い打ちに瘴気が渦を巻く。 重さを伴って突き抜ける竜巻が機体を揺さぶり飛ばし、衝撃と瘴気にあてられた少女の意識は一瞬にして喪失していた。 続けざまに振るわれる拳。 鬼の腕によって機動兵器は木端の如く薙ぎ払われ、路上を転がり、建築群に叩きつけられ、崩れ落ちた。 追撃に振り上げられる黒剣と、超大化する刃渡り。 容赦など挟まず、魔王が串刺しの止めを見舞おうとした時、 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」 阻むように、空から激情を込めた爆撃が信長の頭上を覆う。 ランスロットのエネルギー翼より落ちる羽が密度を増して襲いかかる。 鬱陶しげに見上げる魔王。 その構えは防御も回避も捨てていた。 守るのはもうやめだ。今後は此方が攻める番だと、眼が如実に語っている。 「…………………!」 大地が隆起する。なだらかな平地から、木々が早回しで生えてくる。 信長を中心にして生い茂る棘の林。そこには生気がなく、他への殺意のみで育っていた。 剣の丘は成長を止めず浸食し続け、過剰に滋養を吸い上げ。 風船が空気を溜め込められなくなったように、盛大に破裂した。 それは例えるなら、焚火に入れた毬栗の山が一斉に弾ける様だろうか。 全方位にばら撒かれる散弾は積乱雲で発生した雷のように飛び走り、落ちる雹を焼き尽くしていく。 焼け野原に立ち尽くす信長はひとり、打ち上げた花火の爽快さに狂喜する。 逃げろ。 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。 その一言がスザクの脳内中を駆け巡っていた。 死地に飛び込み潜在能力を全開にしておきながら、なおギアスは「逃げ」を宣言する。 生きるためにはそれしかない。この怪物に構うなと誘惑し扇動し強制する。 「だが―――!」 退けない。 背負ったものを想うのなら、ここで退く訳にはいかなかった。 目の前では、おぞましくも猛々しく聖剣が輝く。 向かう騎士に魔王はぎらつく矛を立てる。 王の剣はひたすら勝利を統べるのみ。 もう一度、ぶつかり合う魔王と白騎士の剣筋。 魔術と科学、魔道と正道が交差した軋轢は、大気の絶叫と火花によって具象化された。 "押し、切られ―――――――――!?" 断末魔の中心部にてスザクは驚愕する。 前へ進めない、どころではない。 押されている、などという規模ではない。 上の己に下の敵という位置関係にも関わらず、一合も打ち合えずに片腕で払われた。 弾かれる機体、否、逆に引き込まれていく。 空間を支配する黒の檻。見えぬ手に引き摺られ、地に墜ちる白騎士の全身。 陸への着地を余儀なくされ、敵の壇上へと登らされてしまう。 襲い掛かってくる漆黒の剣舞。 やむなく応じるランスロットの剣は、すべて容易に払われていた。 振るう剣戟の軌道は、何一つ敵を捉え得ない。 如何なる太刀筋も軽く受けられ、まともに返される。 その度に装甲を切り裂かれ、一合ごとに致命の損傷へと近づいてくる。 決して変わることのなかった火力の差。それがここにきて完全に覆っていた。 「なぜ……こんなにも!?」 不条理に叫ぶスザクの頭上、影の格子が覆っていた。 空に逃れようにも、剣の檻で囲われて翼を広げることができない。 脱出不可能の狩場の中に、ランスロットは囚われている。 「―――ッッ!!」 王の剣が白を削る。砕く。砕けていく。 ランスロットの装甲、スザクとスザクの造るべき世界の象徴が、壊されていく。 勝てない。 絶望が神経を侵していく。 魔王はスザクの戦術を、ルルーシュの連略を、ただの『武』の一文字で蹂躙していた。 呆気なく、理もなく。 余りにも滅茶苦茶。荒唐無稽で、支離滅裂。 秤で計っていた計算を、秤ごと壊して破断するようなもの。 目の前の敵はそんな破天荒をやらかす文字通りの規格外だったという、それだけのこと。 「おおおおおおオオオオオオオオオ雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!!!!!」 遂に魔剣は騎士のそれを完全に上回る。 伸ばされる二刀の漆黒。振るわれる壊滅の閃光。 一撃が騎士の剣を弾き飛ばし、一撃が騎士の胴を切り払っていた。 「ッッッァ!!」 不完全な回避。空に散る大量の装甲片はうけた一撃の深さを表している。 それを見ても、スザクの脳裏に諦めるという考えだけは浮かばなかった。 死ねない、死ねない理由がある。 それを忘れることは出来なかった。 なぜならまだ、聞こえているから―― 『生きろ!!』 軸足でランドスピナーのフル稼働. 地に円の跡を描く、遠心力を命一杯乗せた回転蹴りを叩き込む。 魔王の腕に撃ち込まれたそれは、漆黒の持つ左の大剣を撃ち払い。 間断無く、放つ二連のスラッシュハーケン。 一撃目が魔王を捕らえる。 だが右の聖剣によってワイヤーごと斬り払われていた。 踏み込んでくる魔王。振り上げられた左の拳。ランスロットの軸足に炸裂する。 前方へと崩れる全身。 串刺しの聖剣が下から迫り来る。 寸前、二撃目のスラッシュハーケンを迫り来る地面へと打ち込んで、無理やり機体を持ち上げた。 「ぐぅッ」 ランスロットの装甲に盛大な縦一文字を刻む剣戟。 装甲をガリガリと剥ぎ取られたものの、内部に深く喰いこんではいない。 十字に付けられた傷。衝撃だけで、既に深刻な振動がスザクの全身を襲っている。 明滅する意識の中、かろうじで機体を後ろに下げるが、続く動作ができない。 既に体が、限界だった。 「娑亜ァァァァァァァァ――――――!」 動きの止まった白騎士を照らす、魔王の剣光。 万軍を滅する欲界の焔。 大型帆船をも両断する黒い極光が再び吼える。 「――――――――――――破ァ亜亜亜亜!!!!!」 昼夜を反転させる悪意の奔流。 形状は先程のものとは違う。 斬撃による線ではなく、面で迫る放射状の波動。 「あ、が――――――――――――!」 すんでのところでシールドが間に合ったのは、やはりギアスの恩恵があってこそだろう。 理屈も理論も飛ばした超反応の防御はスザクの命を長らえさせた。 だがそれもすぐに限界。受け止める盾はコンマ毎に罅が増え、避け得ぬ破滅を暗示する。 激流がランスロットを飲み込んでいき、押し潰し、粉砕する。 機械越しでさえも、骨の砕けるような激痛がスザクを絶え間なく殴りつける。 潰れ窪み小さくなっていく意識。押し流されていく心に届く声は、ただ。 生きろ。 生きろ。 生きろ。 生きろ。 生きろ。 生きろ。 生きろ。 生きろ。 生きろ。 生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ―――――――――。 「が――――――――――――アアアアぁあああああ!!!!!」 悲鳴を上げる筋肉、関節、神経、骨格、脳髄。 全てを無視して操縦桿を握る。 極限を越えた精神が指に命令を通す。 本来なら絶対に間に合わない行動。 その断絶した心と体をたった三文字の言葉が繋ぎ合せる。 無手の片腕から更に展開される防盾。 破砕寸前の盾にもエネルギーを送り込み、全身を包み込むように身を屈める。 『生きろ!』 血を吐く。 「……ろ」 己に放つ。 『生きろ!』 その契約を。 「生き、ろオオオオオぉおおおおおおおおお!!!!!」 全身全霊の、魂が炸裂する程の咆哮。 同時に黒波が引き、両の盾が砕け散る。 相殺し切れなかったエネルギーはランスロットへ流れ込み、機体を大きく後方に弾き飛ばした。 「……………………………っ―――――――!!!」 芥子粒ほどの意識の中、 かき失せる意志の火を消さず、握る手を離さず、無茶な態勢のままで最後の攻を敢行する。 敵の大技の直後。この瞬間こそが、最大の好機だと信じ。 滅茶苦茶な姿勢から、制御に回すべきギアスの効力を反撃へと向けた。 ラスト一発のスラッシュハーケン。その発動に。 「い、け、えええええええええええええッッッッ!!!!!!」 極限まで狭まったスザクの目が捉えた光景。 乾坤一擲の一撃。 墜落するランスロットから放たれた最後の反撃は鮮やかに、信長の胸の中心へと吸い込まれ―― 直後。 ランスロットは受身も取れずビルの壁に衝突し、装甲を撒き散らしながら、ずるりと地に倒れ付した。 ■ ■ ■ 止まる魔王。 堕ちた白騎士。 時が凍る。 静寂が、漆黒の空と天の下に舞い降りていた。 燃え上がり、崩壊した、ホバーベース。 アスファルトの路上で転がったまま動かない、紅蓮。 ビルに叩きつけられた状態で停止した、ランスロット。 そして戦場の中心にて、一人立つ者。 「………………………………」 魔王の口と、腹から流される血は足元で池を形作っていた。 やはり今までの傷は浅くはなかったらしく、剣を杖代わりにしたまま動かない。 全てが、無為ではなかったのだ。 これまでの戦いによって刻まれた傷の一つ一つが重なり合いて、この時、魔王の脚を止めさせている。 無敵の覇道を阻んでいる。 静寂はきっと、ほんのひと時の間なのだろう。 短い膠着。 この一瞬が、生死の境界線だった。 誰もが行動限界を越え、無防備になることにより生じた、ほんの僅かな隙間。 動けるものはいない。全員が手詰まったことによる間なのだから。 故に賽は振り出しに戻った。 いち早く足を踏み入れた者が真っ先に行動権を得る。 それによる優位は間違いなく、この戦いの勝敗を決するだろう。 つまりはここが、分水嶺だった。 この時、この虚無の彼方において。 誰が最初に動くのか、誰が最初に立ち上がるのか。 それが勝敗を決する。 焦土と化した戦場で、それに全てが委ねられている。 そして、僅かの間隙の向こうに、勝利を掴む者は―――――― 「ふ……はっ……」 動いたのは、 「幕だ―――虫けら共」 魔王、信長。 漆黒の王が、己が剣を地から引き抜く瞬間。 それがこの場で最も早く、そして最も決定的に、戦局を掴み取っていた。 「……ッくそ……ッ……」 未だに倒れ付したままの白騎士。 立ち上がれないスザクの声が、終末を滲ませ、 「これ……で…………」 今、完全に剣を抜き放った魔王の声が、勝鬨を歌う。 「この戦―――――――――」 だから、ここがカードの切り時だと、彼は、もう一人の魔王は、その意を決したのだ。 「――チェック(王手)だッ!!」 瞬間、誰もが不意打ちとして、その登場に瞠目した。 「な――?」 疾走する蒼き閃光。 信長が剣を抜いたその瞬間、彼の背後に広がる瓦礫の郡の扉から現れた、一機のナイトメア。 銘を『サザーランド』という。 それは、ホバーベースに格納されていたはずの機体だった。 憂が紅蓮を入手したことで浮いていた筈の一機。 激化する戦いの最中、密かに本陣から脱出し、 味方さえも欺きこの場所に、この一瞬の為だけに、潜み機を窺っていた男の名を、 「ルルーシュッ!?」 スザクが叫ぶ。 この状況でこれの操縦者であるのは、艇の旗手だったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでしかありえない。 疲労の極み、片腕を骨折、まともに運転できる状態でないことは明白。 姿勢のなってない走行、武装はスタントンファ一丁のみの貧弱さ。 だがこの状況のみにおいて、それは決定打になり得る。 未だ完全に体の自由を取り戻していない信長を覆う、鉄の影。 予め計算されていた軌道、重なり合う一本の道。 この戦いにおける最後の策略。 魔王を討つべく用意された、一発きりの魔弾である。 ルルーシュは確信していた。 目前の戦闘をつぶさに観察し抜き、一つの結論を得ている。 今こそ最後の勝機、逃せば次はない。 スザクの決死の反撃により生まれたラストチャンス。 必ず活路を開いて見せる。何を代償にするとしても、戸惑う道理はない。 今にも動き出そうとしていた信長へと、いま第三の機装が突貫する。 「ガ――――――――――――!」 鉄塊が、信長の全身を打ち据える。 サザーランドの片腕に装着されたスタントンファの一撃。 更に機体そのものを文字通り弾丸にして、全身でもって叩き潰す。 単純かつ強力な力押し。ナイトメア全重量による押し潰し。 旧式の量産機とはいえ、パイロットの腕が不足しているとはいえ、 総重量7.48tの鉄の塊はそれだけで、手負いの魔王には凶悪な武器となる。 「――――――――ハァッッッ!」 信長の体は動かない。 外套を動かす僅かな力すら、完全に力を取り戻していない今だけは発揮不能。 この一瞬だけは、無力に成り下がっている。 超重量の一撃を受け、血反吐を吐きながら崩落したビルの残骸に叩きつけられた。 決着となる一撃が決まる。 苦悶に呻き、動きを止めた信長へと、ルルーシュの攻撃は止まらない。 サザーランドもそれを追うようにエンジンを全開に吹かしもう一撃、鉄と鉄で挟み込む。 後はもう、それで終わり。 鉄塊が魔王を完膚なきまでに擂り潰し、そのまま墓標となるのだろう。 「ふは……ははは……はははははははは!!」 まごう事なき死を前に、洩れた言の葉はやはり哄笑だった。 信長は磔にされたような体勢で、全身から流血を撒き散らす。 怒りが滲む、怒気が昇る。ああ、実に、実に不愉快だ。 してやられた。やってくれる。楽しいではないか。 面白い、面白い、面白すぎるぞと、爆笑する。 生命の危機が迫っている。 いま間違いなく、存在が脅かされている。 故に楽しい、愉しい、悦し過ぎて堪らない。 そうこなくてはならない。 こうでなくてはならない。 そうだ、これだ、これが死地。 これが戦いなのだ。 これこそが、戦いに生きるということなのだ。 嗚呼、応えたくなってしまうではないか。 そうとも、応えなければなるまい。 受けて立たねばなるまい。 その凶弾に、抗わなくてなるまいさ。 体動かぬ、力入らぬ、だから何だ。 ここで剣を握らずして、いつ握る。 ここで戦わずして、いつ戦う。 さあ、この挑戦を、死地を、覆してこそ、魔王たる矜持を示せ。 ――なぜなら、ずっと待っていたのだから。 嗚呼そうだ、待っていた。 全力をもって打ち倒すべき強者。 戦場の煌き、戦士の猛り、この第六天魔王を討たんと交差する閃光。 何よりも過激に苛烈に壮絶に、己を黒く照らし出す、その逆光を待っていた―― 「はぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁァ――――!!!!」 あり得ぬ一振り。 魔王の気迫が、その一撃を可能にした。 振るわれる黒剣の牙。 サザーランドの真中を横に裂き、砕く。 「ま……だッ!」 散る装甲、 サザーランドを通過した剣線は深くコックピットを貫いていた。 不可能を可能にして、だがやはり減じている魔王の剣力。 モニターやコンソールは粗方砕かれるも、剣圧はルルーシュの首元をギリギリ掠めるに留まる。 前方の景色を直に見るまでに機体の表面が破壊され、だがまだサザーランドは、体は動く。 「まだだ!」 再び肉眼で捉える、双王の形相。 ルルーシュは機体の馬力を最大にし、 信長はサザーランドを押し留める剣に更なる力を込めた。 「ぐ――――――ッ!!」 肉が焦げる匂いが漂い始める。 それが自分の腕から上っていると、ルルーシュは遅まきに認識する。 再び湧き始めた信長の瘴気が、サザーランドを覆いつくさんと腕を伸ばしていた。 痩せ枝が滋養を求め、近くにいた命に吸い寄せられていくように。 敵の力が増している。魔王の回復が、瀕死のダメージを上回りつつあるのか。 鋼鉄の弾丸は未だ信長の剣を突破するに至らない。 瘴気の制圧がルルーシュの命を奪うほうが、一瞬早い。 燃え落ち、炭化しようとする意識の中においてさえ、ルルーシュの思考は冷静だった。 自分が死ねば、信長はただの重石になったサザーランドから抜け出すだろう。 それでまた趨勢は裏返る。 今ならば、刺せる。 今なら、倒せる筈。 なのに足りない。 後一手、後一撃、もう一つ、最後の一押しさえあれば、勝てるにも拘らず。 「此度は実に良い、戦であった……ぞ」 勝ちを確信した武者の声が聞こえる。 「称賛を受け取れィ」 衝突する力と力は臨界を向かえ。 「だが、後一歩、及ばなんだなァ」 長きに渡ったこの一戦。 「………は、…………ちが、う……な」 遂に、 「間違っているぞ」 決着の時が近づいていた。 「俺の勝ち(チェック・メイト)、だ」 ■ ■ ■ 「………………ん」 周囲でかまびすしく鳴る音によって、平沢憂は眼を覚ました。 モニターのむこうで燃えている黒色の火、唖然とする。 「ル、ルーシュ、さん……?」 目前で巻き起こる事態に当惑しつつも、彼の名を、呼んだ。 開いた目で見た状況を、正しく把握できていなかった。 けれど断片的には分かる。 目の前で続いている戦い。 かつて自らの機体だったサザーランド、それに乗って戦っている人が誰であるか。 それだけは、直ぐにわかった。 彼だ、そう彼しかいない。 「ルルーシュさんっ!!」 生きていた。 生きていた生きていた生きていた。 生きていたのだ。 嘘じゃなかった。 彼は生きていてくれた、約束を守ってくれた。 ここに、いてくれた。 嬉しくて、涙がこぼれた。安堵が胸を満たした。 心が、温かいものに包まれていく。 昔のように、幸せだったいつかのように。 「よかった生きて……―――――――――っ!?」 けれど安堵はすぐに動揺へと変わっていく。 依然、彼の危機は終わっていない。 サザーランドは信長を押さえ込み、しかし魔王は動きを止めていない。 刻一刻と黒い影が、蒼い機体を包み込んでいく。 このままでは―――また、失ってしまう。 嬉しさと、恐怖と。 相反する二つの事態に、目覚めたばかりの憂は混乱に見まわれた。 「だめ……!」 とにかく、ルルーシュが危機にいると。 それだけをだけ理解して、事の重大さを知る。 「お願い」 彼を救出しようと、再び機体を動かした。 「動いて、紅蓮!!」 少女の想いに答えるように、立ち上がるボロボロの赤い機装。 再び、紅蓮は地を踏みしめた。 最後の援軍として、憂は立つことができたのだ。 「……ルルーシュさんっ!!」 限界を迎えかけた機体でもって、駆ける。 駆け抜ける。絶対に駆けつける。 死なせない。 死なせてなるものかと、力を振り絞って、恐怖など振り払って。 『―――憂、聞こえるか?』 彼の言葉を耳にした。 再び、聞くことが出来ていた。 「はい……はいっ……聞いてますっ!!」 聞こえているとも、聞いているとも。 ああ、やっぱり生きていた。 生きていてくれた。 ならそれでいい、それだけでいいのだ。 それだけで救われる。 何もしなくてもいい、ただ生きてくれさえすればいい、傍にいてくれさえすれば、それで良かった。 だからいま、命じて欲しい。 今一度、貴方を救う為の言葉を下さい。 それがどんなものであれ、必ず成し遂げて見せるから。 必ず助けて見せるから。 だから―――――― 『よく聞け、奴に通る攻撃のチャンスは一度。 この一瞬だけだ。だから―――』 けれど彼は、 一語一句、区切るように、聞き間違えようの無い正確さで。 『憂、奴ごと俺を撃て』 そんな命令を、告げた。 「―――――――――――――――――――ぇ」 今度こそ、完全に言葉を失った。 何も、何も聞こえなかった。最初はそう思った。 目がチカチカして、耳には雑音が鳴って、頭は揺れていたせいで上手く入らなかった。 そう思いたかった。 耳にかけた通信機から流れてきた彼の声に気付き、何か自分に言葉をかけたと認識して。 すると彼の命令を聞き届けようと思考は回り、言葉の意味を理解したところで、また止まってしまった。 聞き間違いだと思った。 いや、そう信じ込んだ。 そうであってほしいと希った。 「……え?」 そこでようやく憂は、自分の指が意思と関わらず動いていることに気付いた。 紅蓮の右腕に備えられた武装、輻射波動機構の起動スイッチに掛かる指。 それは紛れも無く、憂自信の指だった。 「――――っ嫌!!」 ボタンに添えられた指を逆の手で押さえ、自分が仕出かそうとしてることを阻止する。 胸中を占めるのは混乱だった。 なぜルルーシュが自分を撃てと言ったのか。 なぜ自分の腕は勝手に彼を殺そうとしているのか。何もかも分からなかった。 ただひとつ、彼が死のうとしてることだけを本能的に察知し、それに対してのみに抵抗していた。 『撃て。俺を――裏切るな』 「い、嫌……どうして……! ルルーシュさん、なんでっ!」 自分を蝕む得体の知れない力への抵抗。 言いたいことが多過ぎて、上手く舌が回らない。 けれど本当は分かっていた。 彼がこうする理由なんて、気付いていた。 既に彼は死にかけで、それなら自分を犠牲にして、そうやって目的を果たそうとすることを。 「いやっ、いやだっ……止めてぇっ……!」 そして今まで、彼が向けてきた言葉は全て嘘で、きっと自分なんてどうでもといいと思っていて。 構わなかった。それでも彼しかいなかったのだ。 嘘でも、利用価値でしか見なされなくとも、彼にしか頼れなかった。 もう私にはあなたしかいないから。 あなたがいなければ、生きてさえいけないから。 「生き……てっ」 死にたくないから、あなたに従い、尽くしてきた。 だけどいつの間にか、『死んで欲しくない』って、 生きていてほしいって、思ってしまったから。 「生きて……くださいよぉっ!」 懇願はきっと届かない。 いつからだろう。 私を騙す貴方が、とても哀しくて見えて、なのに優しく思えて。 どうしてだろう。 貴方に、笑っていてほしくて。 あの人のように、笑っていて欲しくて。 それは欠けた何かを補うような感情。 でも、感じられたから。 大切だった。 確かに、大切だって、思えたから、救いだった。 なのに、あなたは、死んでしまう。 私をおいて消えてしまう。 嫌だ。 嫌だ嫌だ嫌だ。 失いたくない、失いたくない、もう二度と失いたくない。 大切な人が居なくなってしまうのは、耐えられない。 だから、 「ルルーシュさんっ……!!」 私を残していかないで. ひとりにしないで。 見捨てないで。 どうか――――――――― 「死なないで!!」 全力で抗う声は、もう自分の耳にすら入らない。 涙を散らして己の腕にしがみつけど、時は止まらない。 奇跡は起こらない。 白染めに消えていく意識の中、悲鳴を上げる憂へと。 今までで最も優しい口調で彼は告げた。 静かに、まるで、聞き分けの悪い妹を諭すように。 『撃て、憂。――――――最後まで、俺を裏切るな』 それで、堰は切れた。 絶対遵守の力は、王の命令は下された。 ギアスの力は少女の願いを蹂躙し、精神を支配し、肉体を操作する。 「 」 空白の絶叫と、紅蓮の陽炎。 泣き叫ぶ声の理由も分からず、頬を流れる涙の意味も知らず。 ただ、命令通りに破滅のスイッチを押す。 それが、この長き戦いに、終止符を打っていた。 ■ ■ ■ 燃える。 「ははははははははははは――――――ッ!!」 紅蓮に染まる。 「フハハハハハハハハハハ――――――ッ!!」 漆黒の世界が劫火に包まれていく。 拡散する炎の中心点で大笑が響き渡る。 二人の魔王が、命を燃焼させていく。 「さあ、よく見ていろリボンズ・アルマーク!!」 魔王、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは叫ぶ。 天で高見するその存在に。 魂魄までを燃やし尽くして、ここに反逆を宣言する。 「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだッ!!」 彼にとっての戦いの信念の通りに、その身を撃たれながら。 そう、ここで切るべきカードなど、己自身以外にあるものか。 これが結末、これが矜持。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが示すべき、たった一つの理だった。 「フハ――ハハハ―――ハハハハハハハ!!!!」 それに、もう一人の魔王は炎の中で手を伸ばす。 否、剣を伸ばす。 末路の果てまで戦えと、誘うように。 「良いぞォ……小僧」 輻射波動はサザーランドの装甲を容易に貫き、 その下部にいる信長にまで浴びせられる。 紅蓮に染まる世界で、地獄の業火に滅されていく。 「面白い、気に入ったァ」 地上に落とされし魔王が第六天へ還って逝く。 その姿は、伝承に残された最期と同様のものだと、果たして彼は知るものか。 「フ…フフフ…… フハハハハハハハハ―――――― ハーッハハハハハハハハハハハハハ―――――――――!!!」 笑う。笑い続ける。 ひたすらに笑う。 全身が焼け爛れ、膨張し、破裂する間際だとしても笑いは止まらない。 その高笑いが意味する所は何なのか。 彼の者が死後に向かうは根の国か。はたまた別の何処か。 何も、分からない。 分からないまま、消えていく。誰も知らないまま、朽ちていく。 それでも、分かることはある。 ただひとつ、確かに判明した事実が在る。 織田軍総大将、征天魔王あるいは第六天魔王、織田上総介信長。 時の果ての異国の王、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとの合戦により討死にす。 享年四十九。 其の有り様、戦い振り、真に――――――“魔王”。 “ 人間50年、下天のうちを比ぶれば、夢まぼろしの如くなり ” “ ひとたび生を得て、滅せぬ者のあるべきか ” 【織田信長@戦国BASARA 死亡】 ■ ■ ■ 死闘、之にて終幕。 二つの生が合い砕けた。 跡に残されしは、一つきり。 「……………………ぁ」 気付いた時には、全てが終わっていた。 醜く膨張したサザーランドの爆散する赤が、少女の網膜に焼き付く。 声も出ず、涙も枯れ果て、茫然とそれを見つめる。 見てはいるが、理解してはいない、それを拒否していた。 少女にはもうなにも残されていない。 慟哭だけを胸にして。 もはや、そのままだ。 そのままでさえあれば、彼女は永遠にそうしていた事だろう。 「―――――――ぁ」 からっぽの、何もかも失った平沢憂。 故に何も感じない、感じずに、今度こそ心を停止させ。 けれど彼女にはひとつだけ、返るものがあったのだ。 姉―――平沢唯への思慕の念。 「ぃ―――――ゃ――――――――」 それは思い。 受け入れられず、拒絶していた思い。 怪異に奪われ、その力を奪った男に埋蔵されていた、重しの概念。 それがいま、帰還する。 思いを奪った神の、力を奪いし存在の死によって。 「……嫌」 胸の空白へ、ぎちぎちと、みしみしと、有無を言わさず、それが押し込められていく。 きっとそれが、契機になってしまったのだろう。 少女は取り戻してしまった、自己を。 目前に広がる惨状、少女は気づいてしまった。 たったいま己の手が行使した事象を、認識してしまった。 何も感じなければ、何も想わなければ無痛でいられた自身を、見失った。 「い、いやだ」 拒絶の声も、全ては無駄な抵抗だった。 代わりに見えてくるものは、見たくないもの。 見なければ、よかったものを、知ってしまう。 「あ、あ、あああ……ぁ」 死んだ。 ―――認識する。 ひしゃげた鉄片。 弾け飛んだ血肉。 紛れもない、彼の死。 「やめ、て」 死んだ。 ―――リフレインする。 突き刺さる凶刃。 流れ出す血液。 紛れもない、彼女の死。 「入って、こないでぇ……っ」 死んだ。 ―――ノイズのように、二つの死が重なって。 死んだ。 死んでしまった。 失ってしまった。 壊れてしまった。 そしてもう二度と――――― あの人達は、戻らない。 「いやあああぁあああぁああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ―――――――ッッ!!!!!!!!」 ばきり、と。 今度こそ、世界の壊れる音がして。 それで、平沢憂の心は完全に、砕け散った。 【ルルーシュ・ランペルージ@コードギアス反逆のルルーシュR2 死亡】 【魔王狂想編・閉幕 / Black Side--End】 時系列順で読む Back crosswise -black side- / ACT4 『逆光(ぎゃっこう)』(一) Next crosswise -white side- / ACT4 『JUST COMMUNICATION』(1) 投下順で読む Back crosswise -black side- / ACT4 『逆光(ぎゃっこう)』(一) Next crosswise -white side- / ACT4 『JUST COMMUNICATION』(1)
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第一回放送候補 タイトル 作者 A インターミッション――《第一回定時放送》 ◆tu4bghlMIw
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きっかけは、偶然に過ぎなかった。 第七回定時放送が開始される、その少し前のこと。 何の変哲もないどこにでもありそうな路地を、平沢憂は一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと歩いていた。 そんな憂の十メートルほど前にある角を曲がって現れた枢木スザクは、 どこかで着替えてきたらしく、それまでの服とは違う白いパイロットスーツに身を包んでいた。 スザクの後ろには、彼に付き従うかのように歩く黒猫と、その黒猫のそばでちょこまかと動く子猫の列。 「……ぁ」 突然現れたスザクに、憂の足が止まる。 憂の足を止めさせたのは、『怖れ』という名の感情だった。 その怖れが、スザクに起因するものではなく 彼に対し何もしていない、何もできてない、自分自身に原因があるのだということを、憂は自覚していた。 それでも――だからこそ。 憂は、スザクが怖かった。 スザクがちらりと憂のほうを見る。 だが、二人の目が合うことはなく、次の瞬間にはスザクは何事もなかったかのように歩き出していた。 猫たちがそれに続き、スザクの姿を見つめていた憂も少し遅れて歩き出す。 二人の目的地は同じ方角。 自然と、憂がスザクについて行くような形になってしまう。 分岐点にさしかかる度、憂の頭に『遠回りをしてでも彼と違う道を行こうか』という考えが過ぎる。 そしてその度に、憂はスザクと同じ道を行くことを選んだ。 猫二匹を連れたスザクと、その十メートルほど後ろを一人で歩く憂。 小さな公園の入り口に設置された時計は、放送が始まる二十分前を示していた。 (……あれ?) 信号機の無い横断歩道を渡り切ったところで、憂はふと、今の状況に疑問を持った。 前を歩くスザクとの距離が、先ほどからほとんど変わっていないのだ。 普通に歩けば、身長が高く男性であるスザクのほうが自分よりも速いだろうということくらい簡単に想像できる。 まして、今の憂は普段よりもゆっくり歩いている。 だが、二人の距離は変わらない。 憂がアスファルトがめくれ上がった箇所を避けた時に少し距離が開いたが、すぐに元に戻る。 距離が開かないよう、スザクがわざと調整して歩いているのでない限り、こうはならない。 ならばそれは、何のために―― 憂がそこまで考えた時だった。 それまで憂のことなど見向きもしなかった子猫が急に振り向いたのは。 「えっ……」 スザクに、というよりはスザクの後ろを歩いていた猫・アーサーにくっついていた子猫は、くるりと向きを変え、 駆け寄ってきたかと思うと、憂の足元にちょこんと座り、憂を見上げてくる。 警戒心はない、「遊んで」と言わんばかりの視線に、憂は躊躇いがちに子猫を抱き上げた。 両手で抱いて支えきれない程ではないけれど、今の憂にとっては楽に運べる軽さでもない。 小さな猫は、憂の腕の中で、確かな重さを伝えてくる。 その重さは苦しいくらい優しくて、痛いくらいに温かい。 腕の中の子猫の頭を撫でた後、子猫に向けていた視線を少し上げて そこで憂は初めて、振り返ったスザクが自分を見ていることに気がついた。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 1st / COLORS / TURN 1 『Continued Story』 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「……っ」 完全に猫に意識を取られていた憂は、スザクに見られているという、たったそれだけのことで 固まって、立ち尽くしてしまっていた。 『負い目』。どうしようもないことを、どうすればいいのか分からない。 そんな感情が渦を巻いている。 スザクはそんな憂のほうへと歩を進め、それまで縮まることのなかった距離が三分の一程度になったところで立ち止まった。 「平沢さん」 短くはない沈黙の後、スザクが口を開く。 「気になってたんだけど」 「あ、あのっ、すみません。別に後をつけてたわけじゃないんです。私もあっちに用があって」 「もしかして、その子のこと知ってるのかな」 「……え?」 それは憂にとってはあまりにも唐突で、予想外の問いだった。 質問の内容、スザクの言う「その子」が憂の抱いている子猫のことだということを理解するのにさえ、数秒を要した。 「えっと……知ってる猫かも、しれません。 違うかもしれないけど……一回しか会ったことないから、自信はないです」 そう答えてもスザクからの反応はない。 こうして一度話してしまうと、僅かな沈黙さえもが怖くて、憂は耐えきれず言葉を繋ぐしかなかった。 以前、友達が友達から預かった猫でなんです。 その友達……えっと、猫を預かったほうの友達が、預かった子猫の具合が悪いって、電話してきて……。 それで様子を見に行ったんです。 で、えと……あ、猫は大丈夫でした。毛玉を吐いてただけだったんです。その友達は……猫を飼ったことなかったから知らなくて……」 「猫の名前は?」 「……は『あずにゃん2号』って。……あ、『あずにゃん』っていうのは猫を預かった友達のことで、 その子は預かってただけだから『あずにゃん2号』っておかしいんですけど……でも、私もそう呼んでました」 「そう」 それだけ言ってスザクは子猫へと視線を向ける。 つられて憂も子猫のほうを見る。 たった二文字の短い言葉で、スザクは会話を切り上げてしまった。……と、憂が思った瞬間 「……あずにゃん2号」 スザクが、子猫へと呼びかけた。 子猫はスザクの方をみたものの、答えるでもなくスザクの方へ行こうとするでもなく、憂の腕の中でじっとしている。 それ以上は何をすることもなく、スザクは歩き出したが スザクの顔に、ほんの一瞬、僅かに寂しそうな表情が浮かんだのを、憂は見逃してはなかった。 スザクの背中を見ながら、憂は迷う。 憂はスザクに対して、いろんな想いを抱えている。 言わなければならないことも、聞かなければならないことも、きっとたくさんあるはずで だが、それが何なのか、自分の中で未だ整理はついていない。 でも時間は容赦なく流れ、戦いの時は迫っている。 死ぬかもしれない。生きていてもまた会えるという保証はない。次の機会なんてものは、ないかもしれない。 だから憂は、意を決してスザクの後ろ姿へと声をかけた。 「あのっ……枢木さん!」 スザクが足を止め、憂の方を振り返る。 「……ありがとう……ございました」 「何が?」 「ルルーシュさんの……カセットテープの、こと……お礼、言ってなかったなって……」 「あれは元々、ルルーシュが君に宛てた、君の物だ。僕はお礼を言われるようなことなんて何もしていない」 「でも枢木さんが渡してくれたから、私は受け取ることができたんです。 だから、枢木さんにとってはそうじゃなくても、私にとってはお礼を言うようなことなんです。 ……どうもありがとうございました」 そう言って、憂は勢いよく頭を下げる。 そのままの姿勢で十秒ほど待ってみたものの、何も反応がないのでゆっくりと顔を上げてみれば スザクは憂にもわかるくらいに、「答えに困っています」という表情を浮かべていた。 「……平沢さんに渡したラジカセの中にもう一本、カセットテープが入ってたと思うんだけど、聞いた?」 そしてようやくスザクから出てきた言葉は、憂に対する返答ではなかった。 思いがけない言葉に、憂は息を呑む。 「……聞いてません、けど…… あ、もしかしてあれは、枢木さんの」 「違う。あのラジカセはファサリナという人の持ち物だった。 彼女が死んだ後、荷物の整理をした時に僕が持つことになったけど、その時点ですでに入っていた物だ」 「そう……そう、ですか…… ずっと、『あのラジカセ』に入って……」 「僕の知る限りはそうだ。僕にとっては必要のない物だから、いらないなら捨ててくれて構わない」 「捨て……ません」 「そう」 「え……あ……あの、ほら、別に、邪魔になるような物でもないですから。だから……あの……」 「どうするかは、平沢さんに任せるよ。あれはもう、君の物だから」 二人の会話は、それで途切れた。 スザクは再び歩き出し、その後にアーサーが続く。 少し悩んで、憂はスザクの後ろではなく、隣りに並んだ。 数分も歩けば、周囲は徐々に、住宅街から戦いの跡地へと様相を変えてゆく。 崩れた塀。割れた窓ガラス。壁の一部を失くした家。 足元も徐々に悪くなっていく。 アスファルトに亀裂が入り、瓦礫が散乱する道を行くのは、憂にとっては大変なことだった。 だが、憂はスザクに助けを求めることはせず、スザクも憂に手を差し延べることはしない。 ただ、憂とスザクの距離が変わることはなかった。 そうして、二人は並んで、三叉路へと辿り着く。 憂の足が、そこで止まる。 それに気づいたスザクも数歩先で足を止め、憂の方へと振りむいた。 分かれ道。右へ行けばランスロットが、左に行けば―― 「私は、左へ行きます。私には、リボンズって人が最後の戦いを始めてしまう前に、まだ、やらなきゃいけないことが、あるから…………枢木さん。 別れちゃう前にひとつだけ、聞いてもいいですか?」 風が吹いた。 砂埃が舞い上がる。 スザクからの答えは無く、それでも憂は、問いを投げた。 「ルルーシュさんは枢木さんにも、ギアスをかけたんですか?」 風が止む。 沈黙が落ちる。 静寂に重さなんてないはずなのに、憂ははっきり、重いと感じていた。 潰されそうになる。 それでも、訊いたのは自分だから、スザクが答えてくれるまで、 あるいはスザクに答える意思が無いのだとわかるまで、この重さに耐える覚悟はあった。 「うにゃっ」 音を発したのは、憂でもスザクでもなく、憂の腕の中の子猫。 自分の腕から抜け出そうともがく猫を見て、憂は初めて、自分が腕に力を入れてしまっていたことを知る。 憂はごめんねと子猫の頭を撫でて、地面に下ろした。 地面に降りた子猫が、スザクの傍らにいるアーサーの近くまで行ったのを見届けて立ち上がった憂の耳に 「―――――ろと」 危うく聞き逃してしまうくらいの声が、届いた。 「え……?」 思わず聞き返す。 半ば諦めかけていたスザクからの答えが、そこにある。 「ルルーシュは僕に、『生きろ』と命じた」 ――生きろ。 スザクにかけられたギアス。 そのギアスの意味が、重さが、ゆっくりと憂の心に滲む。 「命じたって…… それ、命令じゃなくて、お願いじゃないですか」 そうして憂が呟いたのは、彼女が抱いた素直すぎる感想だった。 「お願い?」 「はい。……ルルーシュさんのギアスは、願い、なんですね」 「違う」 憂の言葉をスザクは即座に否定する。 憂にとってそれは、スザクが初めて自分に対して向けた、明確な意思表示だった。 「ルルーシュのギアスは、相手の意思を捻じ曲げる卑劣な力だ。 今まで、ルルーシュはギアスの力で多くの人を傷つけ、命を奪った。罪のない人たちに犠牲を強いた。 君だって、彼のギアスの」 「知ってます。それは……知ってます……私には『裏切るな』ってギアスをかけてたって。 私は……あんなこと、したくなかったのに……させられて……」 「そこまでわかっていて、君はあの力を『願い』と呼ぶのか?」 スザクの問いへの答えに、憂の中に迷いは無かった。 「はい」 だから、はっきりと答えられる。 「ルルーシュさんは、優しいから」 自分は何も知らないのかもしれないと、憂は思う。 少なくともスザクよりはルルーシュのことを知らないだろうと、憂は思う。 でも、それでも、憂は信じていた。 「私にかけたギアスも、自分が生き残るためじゃなくて、誰かのためだったってわかったから」 ルルーシュを ルルーシュの優しさを 自分の中にあるルルーシュへの想いを、信じていた。 「彼は、優しくなんかない」 「優しかったですよ、ルルーシュさんは」 自分のことには、なにひとつ自信は持てない。 それでも憂は、自分の想いを、必死に紡ぐ。 「きっと、これは間違った方法で…… 枢木さんの言うとおり、ギアスは卑劣な力なのかもしれないけど…… でも、それでも……誰かのためだったなら、それは願いなんじゃないかなって。 『生きろ』なんてギアスかけちゃうくらい大切な人のためだったんだってわかったら 私はもう、恨んだりとか、怒ったりとか、できないです……」 憂は、泣きそうな顔で笑った。 涙は耐えた。 スザクの前で――ルルーシュが生きてほしいと願った人の前で、泣きたくはなかったから。 「……ここで死んだルルーシュに、本当に『生きろ』と願われたのは君だ。 ギアスなんかじゃなく、彼は最後の最後で、自らの命でそれを示した」 「命で示したって言うのなら、それは、枢木さんに対して、ですよ」 「いや、平沢さ――」 スザクが言いかけた言葉を、憂は首を横に振ることで遮る。 「やめましょう、譲り合うようなことじゃないですよ。 ……枢木さんは、ルルーシュさんは私を残したんだって言ってくれましたよね。 だから今度は私が言います。 ルルーシュさんは、枢木さんを残したんです。枢木さんに生きててほしいって、願ったんです。 私と枢木さんが生きてるのは、ルルーシュさんが、そう願ったからです」 憂は、スザクを真っ直ぐに見ていた。 「私は、そう思います」 ルルーシュを殺した事実が変わらない以上、スザクに憎まれて当然だと思う。 だけど、それも受け止められる気がした。 ルルーシュが生きてほしいと願い、 自分が迎えに行った時、ルルーシュのために迷わず来て戦ってくれた人の想いなら、 それがどんなものでも受け止めたいと思った。 憂はもう、スザクのことを怖いとは思わない。 「私がルルーシュさんの願いに気づけたのは、枢木さんが届けてくれたからですよ」 そう言って、憂は微笑んだ。 ◇ ◇ ◇ 『――――それじゃあ、時間になったから、第七回定時放送を始めるわ』 放送が始まった時、スザクは独りだった。 スザクは結局、憂に何も言わなかった。 憂は少し寂しそうに、スザクにお辞儀をして、一人、自分の選んだ道を去り―― そして、それを見送ったスザクだけが、その場に立ち尽くしていた。 「リボンズと戦う前に、やらなきゃならないこと、か……」 ぽつりと呟き、そしてスザクも歩き出す。 一分と経たず、周囲はもはやどこが道路なのかもわからないほどになったが、構わずに進み続けた。 放送は、聞く気にもならない連絡事項の後、これまでの死者の名を一人ずつ読み上げてゆく。 この島で出会って、だけどもうどこにもいなくなってしまった人たちの顔が、スザクの脳裏に浮かんでは消えてゆく。 彼らの言葉が向かう先は『誰』だったのか―― 彼らの想いを受け取るべきは『誰』だったのか―― 『――私はここで、誰かの『願い』を、ただ待っている』 スザクは、ランスロットと、いつの間にかその足元にいた二匹の猫の前を通り過ぎる。 『――――これで、第七回定時放送を終了するわ』 そして、放送の終わりを――つまりは戦いの始まりを、告げる言葉と共に。 大破したサザーランドの傍らで、足を止めた。 ◇ ◇ ◇ 「………………ルルーシュ」 声をかけても答えなんてあるわけがないことを、僕はちゃんと知っていた。 僕の目の前で彼は死んで、今ここにあるのはただの金属の塊。 仮に無理矢理ハッチを抉じ開けたところで、ルルーシュの死体だとわかる物が残っているのかさえ怪しい。 でも、他に何も無いんだからしょうがない。 「……随分と、慕われたものだよね。平沢さん、君のこと優しいって言ってたよ?」 それが、ただの彼女の勘違いなのか、 ここにいた君は本当に優しかったのか、 僕がルルーシュの優しさを知らなかっただけなのかはわからない。 二つ目はもはや確かめる術もない。 三つ目ならば、もしかしたらまだ、確かめられるかもしれないけど。 「ギアスのことも、『願い』だってさ……」 平沢さんがそう言った時、僕は自分の中にある感情を抑えつけるのに必死だった。 僕の知るルルーシュがギアスで何をしたのか、 僕が自分にかけられたギアスで何をしたのか、洗い浚いぶちまけてやりたかった。 それをしなかったのは、彼女に対する思いやりなんかじゃない。 僕の知るルルーシュとここにいたルルーシュは別の存在かもしれないからと思い直したわけでもない。 ルルーシュを信じる平沢さんを傷つける自分を、見たくなかっただけだ。 「ギアスは『呪い』だ。あんな力で一方的に押しつけられたものを『願い』なんて呼んでたまるか!!」 ああ、そうだ。 俺はギアスを許せない。 ギアスを使って人を駒のように扱ったルルーシュを絶対に赦さない。絶対に赦せない。 「……ルルーシュ、俺は君が憎い」 ――それなのに、どうしてだろう。 俺の中はぐちゃぐちゃだ。 でももう、どうしようもない。 これ以上、目を背けることはできない。 逃げられない。 当たり前だ。逃げ場なんて、最初からどこにもなかったんだ。 「僕が君を赦す日は、永遠に来ない」 泣いたのも。 笑ったのも。 迷ったのも。 選んだのも。 祈ったのも。 悔やんだのも。 逃げたのも。 進んだのも。 死にたかったのも。 夢を見たのも。 愛したのも。 憎んだのも。 全部、僕だった。 全部、『枢木スザク』の想いだった。 「でも……俺、は…………」 僕は『枢木スザク』が嫌いだった。 だけど僕は結局、どんなに足掻いても『枢木スザク』以外の何にもなれなかった。 『枢木スザク』なんて存在は、消えていいと、殺したいと、本気で思った。 だけど、僕が出会った人たちが 僕のことを心配したり、必要としてくれた人たちが見ていたのは、いつだって『枢木スザク』だった。 彼等の想いは、『枢木スザク』が受け取るためのものだった。 「僕は…………」 想ったのも、想われたのも、いつだって『枢木スザク』だったんだ。 だから言える。 僕は生きているから、僕は枢木スザクだから、――――だから、思える。 「……僕は、ルルーシュが死んで、悲しかったんだ」 殺したいほど憎い相手が、死んだら悲しい相手だなんて。 こんなに酷い矛盾はない。 だけど消せない。抱えて進むしか、僕にはできない。 デイパックから、カセットテープと自販機で買った騎士服を出して、サザーランドの傍の瓦礫の上へと置いた。 ルルーシュのメッセージと、ユフィの血の付いていない白い騎士服。 どちらも、僕の帰る場所には存在しない物だ。持って帰るわけにはいかない。 「行こうか」 近くにいたアーサーを抱き上げるつもりで伸ばした手を、僕は途中で止めた。 僕の考えていることがわかったのか、それともアーサー自身の判断なのか 僕の手に頬を摺り寄せるなんてらしくないことをして、僕を見上げた後、 くるりと背を向け瓦礫の上へと飛び乗って騎士服の隣で丸くなった。 その隣で、アーサーを真似るようにあずにゃん2号も丸くなる。 ここにいるアーサーが僕とは違う世界のアーサーなのだとすれば、一緒に帰ることはできない。 だからここでお別れということなんだろう。 「アーサー、……一緒にいてくれて、ありがとう」 僕もアーサーに背を向ける。 そしてもう一度だけ、サザーランドを仰ぎ見た。 「僕がこの島で捜していたのは君だった。この島で、僕が守ろうとしたのは君だった。 君の推測どおり、君と僕の知るルルーシュが別人だったとしても、この事実は変わらない」 君は、何を為す者だ?―― あの時、僕の問いに答えたのは、ここで死んだ彼だった。 生きろ――この島で、僕にそう命じたのは、ここで死んだ彼だった。 「だから、この島にいる間は、僕は君のナイトオブゼロだ」 見上げた空には、翼を広げたガンダムが見える。 そしてその向こうには巨大な塔――空中要塞・ダモクレス。 この島での最後の敵の姿を前に、僕は誓う。 「――――君の命を、枢木スザクは必ず果たす」 【 TURN 1 『Continued Story』-END- 】 時系列順で読む Back 第七回定時放送 ~Another Heaven~ Next 1st / COLORS / TURN 2 『ARIA』 投下順で読む Back 第七回定時放送 ~Another Heaven~ Next 1st / COLORS / TURN 2 『ARIA』 329 See visionS / Fragments 12 『黄昏』-Index-Librorum-Prohibitorum- 枢木スザク 2nd / DAYBREAK S BELL(1) 平沢憂 336 1st / COLORS / TURN 6 『U&I』